墨田区


すみだく
墨田区
墨田区旗 墨田区章
1957年5月15日制定
日本
地方 関東地方
都道府県 東京都
市町村コード 13107-5
法人番号 6000020131075
面積 13.77km2
総人口 272,638[編集]
推計人口、2021年10月1日)
人口密度 19,799人/km2
隣接自治体 台東区江戸川区足立区葛飾区江東区中央区荒川区
区の木 サクラ
区の花 ツツジ
墨田区役所
区長
[編集]
山本亨
所在地 130-0001
東京都墨田区吾妻橋一丁目23番20号

外部リンク 公式ウェブサイト (日本語)

― 区 / ― 市 / ― 町・村


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墨田区(すみだく)は、東京都区部東部に位置する特別区

目次

概要


太平洋戦争後1947年に旧本所区と旧向島区が合併して誕生した。隅田川荒川中川と河川に囲まれ、海抜が低い地域である。

江戸時代初期においては、江戸の市街地の東端は隅田川までで、墨田区一帯は隅田川を国境に下総国に帰属し、葦の生い茂る湿地帯に農地が散在する江戸の郊外だった[1]。しかし、1657年振袖火事(明暦の大火)をきっかけに江戸の市街地は隅田川以東に拡大し、区南部の本所を中心に武家屋敷町屋代官町奉行などが置かれ、江戸川以東は武蔵国に編入された[1]。明治期移行も都市化が進み、1878年には江戸の市街地だった区南部に本所区が成立し、かつて農村地域だった区北部にも1932年に向島区が成立した[2]関東大震災太平洋戦争の戦火により市街地は廃墟と化したが、戦後復興により住宅と中小企業の工場が建ち並ぶ下町として発展していった[3]。本所は江戸東京下町を構成している地域の一つであり、下谷浅草深川と並ぶ、東京下町の外郭をなす。向島は全盛期と比べると衰退してしまったが、東京でも数少ない花街として現在まで続いている。

おいてけ堀」など「本所七不思議」は、昔の墨田区付近が舞台である。また、大相撲が催される両国国技館が立地することでも著名である。押上業平地区では、自立式鉄塔としては世界一となる高さ634mの地上デジタル放送用タワー、東京スカイツリー2012年5月に開業した。東京スカイツリーを中心として東京スカイツリータウンが位置しており、観光と防災都市のシンボルにし、世界一の観光都市を目指すという。隅田川の花火大会は江戸時代から続く花火大会であり、毎年多くの見物客を集める。

区名の由来

区名は、隅田川の堤の通称「墨堤」から墨を、隅田川から田を採った。なお「墨田」の表記自体は、隅田川の古い別表記のひとつでもある。

その他の候補には、「隅田区」「吾妻区」「隅田川区」「江東区」などがあった[4]

人口


墨田区と全国の年齢別人口分布(2005年) 墨田区の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 墨田区
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

墨田区(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


昼夜間人口

2005年に夜間人口(居住者)は231,092人であるが、区外からの通勤者と通学生および居住者のうちの区内に昼間残留する人口の合計である昼間人口は262,514人での1.136倍の人口になる[5]

地理


東京都の東部の区であり、西の区境は隅田川と東の区境は荒川および中川に挟まれた位置にある河川に挟まれた町である。水の郷百選に選ばれている。区東部の地域は海抜ゼロメートル地帯となっている。

歴史


近世以前

墨田区が成立するまでは、区の北部(旧・向島区)と南部(旧・本所区)では、歴史に大きな違いが見られる。北部では、平安時代ごろには陸地化が進み、中世には荘園制度のもとでは下総国葛西御厨の一角にあり、葛西氏知行地の農村地帯として発展を遂げていた。南部では牛島が700年代から放牧地とされていた他はおおむね湿地帯であり、が住むには極めて向かない土地であった。こちらは北部とは異なり、中世では武蔵国江戸氏一族の知行地であった。

近世

江戸中心部が1657年明暦3年)の振袖火事によって焼け野原になったため、災害対策の一環として武家屋敷が当区南部へと移動することとなった。同時に、竪川・大横川をはじめとする河川の掘削や南北割下水(今でいうところの北斎通り近辺に存在した。)や碁盤目状の道路の整備が行われた。

近・現代

1878年明治11年)に北部は南葛飾郡に編入され、南部は東京15区の一つ・本所区として成立するようになる。また、工業化の波が押し寄せることとなり、北部も南部も開発が進んでいくようになった。1894年(明治27年)には、重要な交通手段である総武線が開業した。このように発展してきたが、1923年大正12年)の関東大震災により、区域の大半が焼失することとなった。特に、元陸軍被服廠跡地(現在の横網町公園など)では、多くの人が避難をしたものの、猛火に遇い、4万人から5万人といわれる多大な焼死者を出した。

やがて、それらによる被害も復興していくようになり、1932年(昭和7年)には、北部に向島区が誕生。1935年昭和10年)の国勢調査人口は、現在の墨田区域(当時の本所区と向島区の合計)で464,892人であり、隣の台東区域(当時の浅草区下谷区の合計)464,217人と共に、東京で最も人口が集中しているエリアであった。

しかし、第二次世界大戦(特に1945年東京大空襲)により、またもや区内全土は大きく焼失した。1947年(昭和22年)に本所区向島区が合併し現在の墨田区が誕生した。1963年(昭和38年)までは、町の復興および発展とともに人口が増加して昭和下町の代表的な存在の街となった。[6]その後は頭打ちとなり減少し始めた。また、町工場も郊外や日本国外への移転などに伴い減少していくこととなった。

1981年(昭和56年)4月1日防災行政無線の運用を開始した。

近年では、これら工場跡地にマンションを建てるなどの開発が進められ、特に2000年(平成12年)以降は人口が大きく増加(回復)している。

2016年平成28年)8月24日より防災行政無線の放送等が変更された。

区の沿革

町名


墨田区では全区において住居表示の実施が完了している。以下は住居表示実施後の町名と、当該住居表示実施直前の旧町名の一覧である。旧町名の後に「(全)」と注記したもの以外は当該旧町域の一部である。

墨田区役所区民課管内(18町丁)
町名 町名読み 住居表示実施年月日 住居表示実施直前町名 備考
吾妻橋一丁目 あづまばし 1966.10.1 吾妻橋1〜3(全)
吾妻橋二丁目 あづまばし 1966.10.1 吾妻橋1〜3(全)
吾妻橋三丁目 あづまばし 1966.10.1 吾妻橋1〜3(全)
東駒形一丁目 ひがしこまがた 1966.10.1 東駒形1〜4(全)
東駒形二丁目 ひがしこまがた 1966.10.1 東駒形1〜4(全)
東駒形三丁目 ひがしこまがた 1966.10.1 東駒形1〜4(全)
東駒形四丁目 ひがしこまがた 1966.10.1 東駒形1〜4(全)
本所一丁目 ほんじょ 1966.10.1 厩橋1〜4(全)
本所二丁目 ほんじょ 1966.10.1 厩橋1〜4(全)
本所三丁目 ほんじょ 1966.10.1 厩橋1〜4(全)
本所四丁目 ほんじょ 1966.10.1 厩橋1〜4(全)
石原一丁目 いしわら 1966.10.1 石原町1〜4(全)
石原二丁目 いしわら 1966.10.1 石原町1〜4(全)
石原三丁目 いしわら 1966.10.1 石原町1〜4(全)
石原四丁目 いしわら 1966.10.1 石原町1〜4(全)
亀沢一丁目 かめざわ 1966.10.1 亀沢町1〜4(全)
亀沢二丁目 かめざわ 1966.10.1 亀沢町1〜4(全)
亀沢三丁目 かめざわ 1966.10.1 亀沢町1〜4(全)
亀沢四丁目 かめざわ 1966.10.1 亀沢町1〜4(全)
横網一丁目 よこあみ 1966.10.1 横網(全)
横網二丁目 よこあみ 1966.10.1 横網(全)
緑出張所管内(14町丁)
町名 町名の読み 町区域新設年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施前の町名等 備考
緑一丁目 みどり 1967.5.1 緑町1〜4(全)
緑二丁目 みどり 1967.5.1 緑町1〜4(全)
緑三丁目 みどり 1967.5.1 緑町1〜4(全)
緑四丁目 みどり 1967.5.1 緑町1〜4(全)


両国一丁目 りょうごく 1967.5.1 東両国1〜4(全)
両国二丁目 りょうごく 1967.5.1 東両国1〜4(全)
両国三丁目 りょうごく 1967.5.1 東両国1〜4(全)
両国四丁目 りょうごく 1967.5.1 東両国1〜4(全)
立川一丁目 たてかわ 1967.7.1 竪川1〜4(全)
立川二丁目 たてかわ 1967.7.1 竪川1〜4(全)
立川三丁目 たてかわ 1967.7.1 竪川1〜4(全)
立川四丁目 たてかわ 1967.7.1 竪川1〜4(全)
千歳一丁目 ちとせ 1967.7.1 千歳町1〜3(全)
千歳二丁目 ちとせ 1967.7.1 千歳町1〜3(全)
千歳三丁目 ちとせ 1967.7.1 千歳町1〜3(全)
菊川一丁目 きくかわ 1967.5.1 菊川1〜3(全)
菊川二丁目 きくかわ 1967.5.1 菊川1〜3(全)
菊川三丁目 きくかわ 1967.5.1 菊川1〜3(全)
横川出張所管内(15町丁)
町名 町名の読み 町区域新設年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施前の町名等 備考
横川一丁目 よこかわ 1967.5.1 横川橋1〜5(全)、平川橋1
横川二丁目 よこかわ 1967.5.1 横川橋1〜5(全)、平川橋1
横川三丁目 よこかわ 1967.5.1 横川橋1〜5(全)、平川橋1
横川四丁目 よこかわ 1967.5.1 横川橋1〜5(全)、平川橋1
横川五丁目 よこかわ 1967.5.1 横川橋1〜5(全)、平川橋1
江東橋一丁目 こうとうばし 1967.5.1 江東橋1〜4(全)、柳原町(全)
江東橋二丁目 こうとうばし 1967.5.1 江東橋1〜4(全)、柳原町(全)
江東橋三丁目 こうとうばし 1967.5.1 江東橋1〜4(全)、柳原町(全)
江東橋四丁目 こうとうばし 1967.5.1 江東橋1〜4(全)、柳原町(全)
江東橋五丁目 こうとうばし 1967.5.1 江東橋1〜4(全)、柳原町(全)
錦糸一丁目 きんし 1967.5.1 錦糸町1〜4(全)
錦糸二丁目 きんし 1967.5.1 錦糸町1〜4(全)
錦糸三丁目 きんし 1967.5.1 錦糸町1〜4(全)
錦糸四丁目 きんし 1967.5.1 錦糸町1〜4(全)
太平一丁目 たいへい 1967.5.1 太平町1〜4(全)
太平二丁目 たいへい 1967.5.1 太平町1〜4(全)
太平三丁目 たいへい 1967.5.1 太平町1〜4(全)
太平四丁目 たいへい 1967.5.1 太平町1〜4(全)
業平一丁目 なりひら 1967.5.1 業平橋1〜5(全)、平川橋2〜5(全)、平川橋1
業平二丁目 なりひら 1967.5.1 業平橋1〜5(全)、平川橋2〜5(全)、平川橋1
業平三丁目 なりひら 1967.5.1 業平橋1〜5(全)、平川橋2〜5(全)、平川橋1
業平四丁目 なりひら 1967.5.1 業平橋1〜5(全)、平川橋2〜5(全)、平川橋1
業平五丁目 なりひら 1967.5.1 業平橋1〜5(全)、平川橋2〜5(全)、平川橋1
文花出張所管内(25町丁)
町名 町名の読み 町区域新設年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施前の町名等 備考
文花一丁目 ぶんか 1965.7.1 吾嬬町西3(全)、吾嬬町西2・4、吾嬬町東1・3・5
文花二丁目 ぶんか 1965.7.1 吾嬬町西3(全)、吾嬬町西2・4、吾嬬町東1・3・5
文花三丁目 ぶんか 1965.7.1 吾嬬町西3(全)、吾嬬町西2・4、吾嬬町東1・3・5
立花一丁目 たちばな 1966.5.1 吾嬬町東2・4(全)、吾嬬町東1・3・5・6
立花二丁目 たちばな 1966.5.1 吾嬬町東2・4(全)、吾嬬町東1・3・5・6
立花三丁目 たちばな 1966.5.1 吾嬬町東2・4(全)、吾嬬町東1・3・5・6
立花四丁目 たちばな 1966.5.1 吾嬬町東2・4(全)、吾嬬町東1・3・5・6
立花五丁目 たちばな 1966.5.1 吾嬬町東2・4(全)、吾嬬町東1・3・5・6
立花六丁目 たちばな 1966.5.1 吾嬬町東2・4(全)、吾嬬町東1・3・5・6
東墨田一丁目 ひがしすみだ 1966.5.1 吾嬬町東7(全)、吾嬬町東6・8
東墨田二丁目 ひがしすみだ 1966.5.1 吾嬬町東7(全)、吾嬬町東6・8
東墨田三丁目 ひがしすみだ 1966.5.1 吾嬬町東7(全)、吾嬬町東6・8
墨田二丁目出張所管内(20町丁)
町名 町名の読み 町区域新設年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施前の町名等 備考
墨田一丁目 すみだ 1965.3.1 隅田町3(全)、隅田町1・2・4、寺島町3・7、吾嬬町西9
墨田二丁目 すみだ 1965.3.1 隅田町3(全)、隅田町1・2・4、寺島町3・7、吾嬬町西9
墨田三丁目 すみだ 1965.3.1 隅田町3(全)、隅田町1・2・4、寺島町3・7、吾嬬町西9
墨田四丁目 すみだ 1965.3.1 隅田町3(全)、隅田町1・2・4、寺島町3・7、吾嬬町西9
墨田五丁目 すみだ 1965.3.1 隅田町3(全)、隅田町1・2・4、寺島町3・7、吾嬬町西9
堤通一丁目 つつみどおり 1964.7.1 寺島町3、隅田町1・2 当初は一〜三丁目があった。1978年3月1日、三丁目を二丁目に編入。[7]
堤通二丁目 つつみどおり 1964.7.1 寺島町3、隅田町1・2 当初は一〜三丁目があった。1978年3月1日、三丁目を二丁目に編入。[7]
八広一丁目 やひろ 1965.12.1 寺島町8(全)、吾嬬町西5〜8(全)、寺島町6、吾嬬町西9、隅田町4
八広二丁目 やひろ 1965.12.1 寺島町8(全)、吾嬬町西5〜8(全)、寺島町6、吾嬬町西9、隅田町4
八広三丁目 やひろ 1965.12.1 寺島町8(全)、吾嬬町西5〜8(全)、寺島町6、吾嬬町西9、隅田町4
八広四丁目 やひろ 1965.12.1 寺島町8(全)、吾嬬町西5〜8(全)、寺島町6、吾嬬町西9、隅田町4
八広五丁目 やひろ 1965.12.1 寺島町8(全)、吾嬬町西5〜8(全)、寺島町6、吾嬬町西9、隅田町4
八広六丁目 やひろ 1965.12.1 寺島町8(全)、吾嬬町西5〜8(全)、寺島町6、吾嬬町西9、隅田町4
東向島出張所管内(20町丁)
町名 町名の読み 町区域新設年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施前の町名等 備考
東向島一丁目 ひがしむこうじま 1965.3.1 寺島町5(全)、寺島町1・2・6・7、隅田町4
東向島二丁目 ひがしむこうじま 1965.3.1 寺島町5(全)、寺島町1・2・6・7、隅田町4
東向島三丁目 ひがしむこうじま 1965.3.1 寺島町5(全)、寺島町1・2・6・7、隅田町4
東向島四丁目 ひがしむこうじま 1965.3.1 寺島町5(全)、寺島町1・2・6・7、隅田町4
東向島五丁目 ひがしむこうじま 1965.3.1 寺島町5(全)、寺島町1・2・6・7、隅田町4
東向島六丁目 ひがしむこうじま 1965.3.1 寺島町5(全)、寺島町1・2・6・7、隅田町4
向島一丁目 むこうじま 1964.7.1 隅田公園、向島1〜3、向島須崎町、小梅2・3(以上全)、小梅1、向島請地町、寺島町1・2
向島二丁目 むこうじま 1964.7.1 隅田公園、向島1〜3、向島須崎町、小梅2・3(以上全)、小梅1、向島請地町、寺島町1・2
向島三丁目 むこうじま 1964.7.1 隅田公園、向島1〜3、向島須崎町、小梅2・3(以上全)、小梅1、向島請地町、寺島町1・2
向島四丁目 むこうじま 1964.7.1 隅田公園、向島1〜3、向島須崎町、小梅2・3(以上全)、小梅1、向島請地町、寺島町1・2
向島五丁目 むこうじま 1964.7.1 隅田公園、向島1〜3、向島須崎町、小梅2・3(以上全)、小梅1、向島請地町、寺島町1・2
押上一丁目 おしあげ 1964.7.1 向島中ノ郷町(全)、向島押上町(全)、小梅1、向島請地町、吾嬬町西1・2、寺島町4
押上二丁目 おしあげ 1964.7.1 向島中ノ郷町(全)、向島押上町(全)、小梅1、向島請地町、吾嬬町西1・2、寺島町4
押上三丁目 おしあげ 1965.7.1 向島中ノ郷町(全)、向島押上町(全)、小梅1、向島請地町、吾嬬町西1・2、寺島町4
京島一丁目 きょうじま 1965.7.1 寺島町4、吾嬬町西1・4
京島二丁目 きょうじま 1965.7.1 寺島町4、吾嬬町西1・4
京島三丁目 きょうじま 1965.7.1 寺島町4、吾嬬町西1・4

北部(旧向島区)

墨田(すみだ) もと隅田町。通称「鐘ヶ淵」は鐘紡発祥の地であり、クラシエに社名を変更した現在も鐘紡発祥の地として親しまれている。
堤通(つつみどおり) もと隅田町。区北西部の隅田川沿い。白鬚東アパート(通称:防災団地)があり、区内最大規模の防災拠点となっている。
東墨田(ひがしすみだ) もと吾嬬町。
八広(やひろ) もと吾嬬町。八広駅
東向島(ひがしむこうじま) もと寺島町。濹東綺譚の舞台。東武博物館所在地。ユートリヤすみだ生涯学習センターは旧向島区役所(旧墨田区第二庁舎)に位置する。
立花(たちばな) もと吾嬬町。立花通り商店街。東あずま駅
文花(ぶんか) もと吾嬬町。向島警察署、小村井駅
京島(きょうじま) もと寺島町と吾嬬町。東京の「京」と向島の「島」を合わせた名前。近年曳舟駅を中心に大規模な開発が行われている。

中央部(旧本所区・向島区)

吾妻橋(あづまばし) 区役所アサヒビールの本社ビルがある。浅草との間に吾妻橋が架かる。旧名・中之郷。本所吾妻橋駅
東駒形(ひがしこまがた) 駒形は台東区にある。
本所(ほんじょ) 旧名・厩橋。「厩」の字が当用漢字表に無かったため、住居表示上問題となり大元の地名に。
業平(なりひら) 在原業平に由来。旧名は業平橋・平川橋であり、両者の合成とする説もある。
横川(よこかわ) 竪川(たてかわ)に対し、横川。
向島(むこうじま) もと小梅町ほか。江戸時代末期、水戸藩御用商人の川崎組が「とら銭」を鋳造した。本所区編入後は本所地区扱い。
押上(おしあげ) 押上駅とうきょうスカイツリー駅東武鉄道の本社所在地。東京スカイツリーがある。旧本所区・向島区両者にまたがる。

南部(旧本所区)

横網(よこあみ) 両国駅の北側。両国国技館がある。その連想で「横綱」と誤読される事がある。また、国技館の隣には江戸東京博物館がある。第一ホテル両国は旧本所区役所(旧墨田区第一庁舎)に位置する。
両国(りょうごく) 両国駅の南側。元々は日本橋両国(現:中央区東日本橋)に対して東両国と言った。旧国技館(のちの日大講堂。現在は取り壊されてシティコア)、吉良邸屋敷跡の本所松坂町公園がある。
千歳(ちとせ)
石原(いしわら)
亀沢(かめざわ)
(みどり) 緑一丁目から四丁目までが設置されている。
立川(たてかわ) かつては竪川と表記、吉良義央を狙った赤穂浪士がこのあたりに住んでいたとか。
菊川(きくかわ) 区最南部。遠山景元/長谷川宣以の住居跡がある。
太平(たいへい) 錦糸町駅の北側。錦糸よりも北側。2006年、精工舎跡地に大型商業施設オリナスが完成。隣接して錦糸公園墨田区総合体育館がある。
錦糸(きんし) 錦糸町駅の北側。商業施設アルカキット錦糸町東武ホテルすみだトリフォニーホールがある。錦糸町と呼ばれる一帯の一部。
江東橋(こうとうばし) 錦糸町駅の南側。一帯は東京楽天地を中心とした古くからの歓楽街。丸井LIVIN等のデパートが並ぶ。錦糸町と呼ばれる一帯の中心。おいてけ堀(錦糸堀)伝説発祥の地。

地域


各種イベント

名物

介護」発祥の地 

郵便番号

市外局番

メディア

ナンバープレート

墨田区は、足立ナンバー(東京運輸支局)を割り当てられており、『23区東部』の地域と一致する。

足立ナンバー割り当て地域

名所・旧跡・観光スポット


名所

旧跡

公園

行政


区長

行政機構

災害対策

財政

平成25年度当初予算規模

自治体交流

日本国内

日本国外

その他

議会


墨田区議会

東京都議会

候補者名 当落 年齢 所属党派 新旧別 得票数
成清梨沙子 31 都民ファーストの会 23,455票
川松真一朗 40 自由民主党 19,763票
加藤雅之 56 公明党 19,526票
伊藤大気 42 日本共産党 15,755票
桜井浩之 55 自由民主党 13,386票
大沢昇 56 国民民主党 6,610票

衆議院

議員名 党派名 当選回数 備考
松島みどり 自由民主党 6 選挙区

産業


1909年明治42年)から1937年昭和12年)にかけて区内に屠畜場があり、木下川(現在の東墨田)地区を中心に、主として豚皮を扱う皮革産業が発展した。豚脂などを扱う油脂産業や動物性油脂を原料とする石鹸産業も盛んで、大正時代には長瀬商店(花王の前身)・ライオン石鹸資生堂ミヨシ石鹸の4大石鹸メーカーが区内に立地した[10]

主な事業所

交通


鉄道

東日本旅客鉄道(JR東日本)
総武線各駅停車総武本線
総武快速線
  • 錦糸町駅
京成電鉄
押上線
東武鉄道
伊勢崎線(東武スカイツリーライン)
亀戸線
東京地下鉄(東京メトロ)
半蔵門線
  • 錦糸町駅 - 押上駅
東京都交通局都営地下鉄
都営浅草線
都営新宿線
都営大江戸線
  • 両国駅

路線バス

コミュニティバス

2012年3月20日より、東京スカイツリー周辺を中心とし、区内全域を巡回するコミュニティバス「すみだ百景 すみまるくん・すみりんちゃん」を運行している。

水上バス

道路


公共機関


司法・行政機関

警察

警視庁交通執行課墨田分室(東京簡易裁判所墨田庁舎内)
向島警察署(文花3-18-9)
  • 堤通交番
  • 東向島交番
  • 曳舟交番
  • 地蔵坂交番 ※2007年3月で白鬚橋交番と墨田三丁目交番に統合され廃止。
  • 鐘ヶ淵交番
  • 京島二丁目交番
  • 京島三丁目交番
  • 小村井交番
  • 白鬚橋交番
  • 墨田三丁目交番
  • 墨田交番 ※2007年3月で白鬚橋交番と墨田三丁目交番に統合され廃止。墨田地域安全センターとなる。
  • 八広三丁目交番 ※2007年3月で四ツ木橋交番に統合され廃止。
  • 八広四丁目交番
  • 四ツ木橋交番
  • 平井橋交番
本所警察署(横川4-8-9)
  • 両国交番
  • 菊川二丁目交番
  • 江東橋交番
  • 錦糸町駅北口交番
  • 錦糸町駅南口交番
  • 横川交番
  • 押上駅前交番
  • 吾妻橋交番
  • 横網交番
  • 言問交番
  • 向島交番
  • 石原三丁目交番

消防

東京消防庁 第七消防方面本部

主な医療機関

東京都災害拠点病院

東京都指定二次救急医療機関

  • 医療法人社団明人会田島病院(両国2-21-1)
  • 医療法人財団正明会山田記念病院(石原2-20-1)
  • 医療法人社団墨田中央病院(京島3-67-1)
  • 東京都済生会向島病院(八広1-5-10)
  • 医療法人社団仁寿会中村病院(八広2-1-3)
  • 社会福祉法人賛育会賛育会病院(太平3-20-2)
  • 同愛記念病院(横網2-1-11)
  • (東京都災害拠点病院の2病院も含む)

医院・診療所・クリニック

図書館

墨田区内には、墨田区が運営する以下の図書館がある。

  • ひきふね図書館
  • 緑図書館
  • 八広図書館
  • 立花図書館
  • 横川コミュニティ会館図書室
  • 東駒形コミュニティ会館図書室
  • 梅若橋コミュニティ会館図書室

文化施設

住宅団地


  • リバーピア吾妻橋周辺地区
  • 錦糸町団地(江東橋 市街地住宅 賃貸70 1961年 現存 譲渡返還)
  • 墨田一丁目第2団地(日建設計・日建ハウジングシステム、東京都、工場跡地再開発)
  • 都営墨田一丁目第2アパート(墨田 1-4)
  • 都営墨田四丁目アパート(墨田 4-19)
  • 都営立花一丁目アパート(立花 1-27)
  • 都営立花三丁目アパート(立花 3-24)
  • 都営立花四丁目アパート(立花 4-30)
  • 都営立花六丁目アパート(立花 6-8)
  • 都営押上二丁目アパート(押上 2-1)
  • 都営横川五丁目アパート(横川 5-2)
  • 都営横川五丁目第2アパート(横川 5-9)
  • 都営業平一丁目アパート(業平 1-7)
  • 都営錦糸一丁目アパート(錦糸 1-17)
  • 都営江東橋四丁目アパート(江東橋 4-30)
  • 都営太平南アパート(太平 14-2)
  • 都営堤通一丁目アパート(堤通 1-16)
  • 都営第2寺島アパート(堤通 1-18)
  • 都営白鬚東アパート(堤通 2-8)
  • 都営東向島五丁目アパート(東向島 5-16)
  • 都営東墨田二丁目アパート(東墨田 2-7)
  • 都営八広三丁目アパート(八広 3-21)
  • 都営八広五丁目アパート(八広 5-10)
  • 都営文花一丁目アパート(文花 1-30)
  • 都営文花一丁目第2アパート(文花 1-32)

教育機関


大学

サテライトキャンパスとして、千葉工業大学東京スカイツリータウンキャンパス(スカイツリータウンビル8F)がある。

専門職大学

専門学校

高等学校

都立高校
私立高校

中学校

区立中学校
都立中学校
私立中学校

小学校

区立小学校
  • 立花吾嬬の森小学校
  • 緑小学校
  • 外手小学校
  • 二葉小学校
  • 錦糸小学校
  • 中和小学校
  • 言問小学校
  • 小梅小学校
  • 柳島小学校
  • 業平小学校
  • 両国小学校
  • 横川小学校
  • 菊川小学校
  • 第三吾嬬小学校
  • 第四吾嬬小学校
  • 第一寺島小学校
  • 第二寺島小学校
  • 第三寺島小学校
  • 曳舟小学校
  • 梅若小学校
  • 中川小学校
  • 東吾嬬小学校
  • 堤小学校(梅若小学校に統合)
  • 押上小学校
  • 八広小学校
  • 隅田小学校

幼稚園

区立幼稚園
  • 緑幼稚園
  • 柳島幼稚園
  • 菊川幼稚園
  • 第三寺島幼稚園
  • 曳舟幼稚園
  • 八広幼稚園
  • 立花幼稚園

その他

出身有名人


ゆかりの人物

墨田区を舞台とする作品


脚注


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注釈

  1. ^ 2020年4月1日「専門学校日本スクールオブビジネス21」より校名変更。

出典

  1. ^ a b 計画地の歴史 | 東京スカイツリータウン ”. www.tokyo-skytreetown.jp. 2021年11月9日閲覧。
  2. ^ 区の歴史 ” (日本語). www.city.sumida.lg.jp. 2021年11月9日閲覧。
  3. ^ 区の歴史 ” (日本語). www.city.sumida.lg.jp. 2021年11月9日閲覧。
  4. ^ 日本経済新聞社・日経BP社. “墨田区と隅田川、「すみ」の表記なぜ違う? 23区に幻の区名|ライフコラム|NIKKEI STYLE ” (日本語). NIKKEI STYLE. 2021年1月28日閲覧。
  5. ^ 東京都編集『東京都の昼間人口2005』平成20年発行、p126 - 127、国勢調査では年齢不詳のものが東京都だけで16万人いる。上のグラフには年齢不詳のものを含め、昼夜間人口に関しては年齢不詳の人物は数字に入っていないので数字の間に誤差は生じる
  6. ^ 『23区格差』224頁池田利道
  7. ^ a b 墨田区告示 町区域の新設等
  8. ^ 関東運輸局 東京運輸支局:管轄区域図
  9. ^ [1] (PDF) [2] (PDF) [3] (PDF) [4] (PDF) [5] (PDF)
  10. ^ 『木下川地区のあゆみ・戦後編』木下川沿革史研究会、現代企画室、2005年、73-74頁。ISBN 4-7738-0503-X。
  11. ^ ボクシング・マガジン編集部 『日本プロボクシング史 世界タイトルマッチで見る50年』 ベースボール・マガジン社、2002年
  12. ^ 月刊 金融ジャーナル「地域産業を興す 映画による循環型地域活性化/高橋和勧」、2014年5月号閲覧。
  13. ^ 見て終わりではなく、見た後が重要な映画 市民全員参加型の「未来シャッター」 | 共同通信社(OVO オーヴォより)、2015年6月23日記事配信、閲覧
  14. ^ 日本の町工場が映画に込めた未来図「未来シャッター」/一面トップニュース、 フジサンケイビジネスアイ、2015年9月2日掲載、閲覧

関連項目


外部リンク











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データム: 18.11.2021 12:41:46 CET

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