京阪本線


京阪本線
牧野駅付近を走行する8000系電車による特急列車
基本情報
日本
所在地 大阪府京都府
起点 淀屋橋駅
終点 三条駅
駅数 40駅
路線記号  KH 
開業 1910年4月15日
全通 1913年10月27日
所有者 京阪電気鉄道
運営者 京阪電気鉄道
車両基地 寝屋川車庫淀車庫
使用車両 京阪電気鉄道#現有車両を参照
路線諸元
路線距離 49.3 km
軌間 1,435 mm標準軌
線路数 複々線(天満橋 - 寝屋川信号所間)
複線(淀屋橋 - 天満橋間、寝屋川信号所 - 三条間)
電化方式 直流1,500 V 架空電車線方式
最大勾配 33
最小曲線半径 200 m
閉塞方式 自動閉塞式
保安装置 K-ATS
最高速度 110 km/h
路線図
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京阪本線(けいはんほんせん)は、大阪府大阪市中央区淀屋橋駅から京都府京都市東山区三条駅までを結ぶ京阪電気鉄道鉄道路線

「本線」という路線名ではなく、社名略称を冠した「京阪本線」が正式な路線名である。京阪本線に接続する各路線(鴨東線宇治線交野線中之島線)と併せて京阪線と総称される。

目次

概要


大阪市ビジネス街にある淀屋橋駅から、大阪環状線の乗り換え駅である京橋駅、郊外のベッドタウンにある枚方市駅京都市繁華街四条通にある祇園四条駅を経て三条駅を結ぶ都市間鉄道(インターアーバン)である。大阪または京都への通勤・通学路線であるが、沿線には石清水八幡宮伏見稲荷大社清水寺六波羅蜜寺八坂神社などの多数の観光名所や、枚方公園駅前には京阪のグループ会社が運営する現存日本最古の遊園地ひらかたパーク」(通称:ひらパー)、淀駅前には中央競馬開催地の京都競馬場などがあり、これらへの来訪客輸送を担う観光路線の一面もある。

路線名のとおり大阪と京都を結ぶ路線であり、同じく大阪と京都を結ぶ路線である東海道本線JR京都線)や阪急京都本線と競合している。ただし、これらの競合路線は大部分で淀川の北側(右岸)を通るのに対し、京阪本線は大部分で淀川の南側(左岸)を通るため並行はしていない。大阪 - 京都間を直線的に結ぶJRや阪急に対し、京阪本線はかつての京街道 (大坂街道)に沿って伏見宿淀宿枚方宿守口宿といった宿場を結んでおり、比較的細かな曲線が多く路線距離が長い[1]。このほか、大阪側の野江駅 - 守口市駅間ではOsaka Metro谷町線と、京都側の中書島駅 - 東福寺駅間ではJR奈良線近鉄京都線とも並行している。

前述のとおり京阪本線は曲線が多く、大阪 - 京都間の移動において競合路線より所要時間が長いが、転換クロスシートの居住性に優れた特別料金不要の特急専用車両を運行している(「京阪特急」を参照)。車両の前面には京阪特急の象徴として「鳩マーク」が掲げられるほか、ロングシートが基本の普通用車両とは内装面で差別化されている。特に8000系電車は「ダブルデッカー」(2階建車両)や座席指定の「プレミアムカー」(有料)などの設備を備えている。

京阪本線は『鉄道要覧』では大阪の淀屋橋駅を起点として記載されているが、運行上の起点駅は京都の三条駅であり、京都から大阪に向かう列車が「下り」、その逆が「上り」となる(片町線や阪急京都本線も同様)[注釈 1]

大阪市内の淀屋橋駅 - 天満橋駅間と京都市内の七条駅 - 三条駅間は地下線となっている。東福寺駅 - 三条駅間は軌道法に基づく軌道となっていたが2013年12月20日許可で鉄道事業法に基づく鉄道に変更されている[2]。また、天満橋駅 - 寝屋川信号所間は複々線となっており、列車種別によって走行する線路を使い分けることによって列車本数が多いダイヤ設定を可能としている。

三条駅から先は京阪本線の実質的な延伸路線である京都市内の鴨東線に多くの列車が直通して出町柳駅まで至り、鴨東線とは一体的なダイヤ体系で運行されている。また、天満橋駅から分岐して大阪市北区中之島地区を通る中之島線にも列車が直通する。宇治線交野線との直通運転は、かつては行われていたものの廃止されている。

立体交差工事やバリアフリー対応の工事は比較的進んでいる。主な大規模工事として、1970年の天満橋駅 - 蒲生信号所間の複々線立体交差化に始まり、土居駅 - 寝屋川信号所間の複々線高架化が1982年に竣工し、既存の複々線とあわせて天満橋から12kmの複々線と淀屋橋駅 - 寝屋川信号所間14.1kmが立体交差化された。1987年には京都地下線(東福寺駅 - 三条駅間)が完成し、この地下新駅から車イス対応エレベーターや多目的トイレが設置されている(「駅のバリアフリー対策」の節も参照)。1993年枚方市駅が高架化され、寝屋川市駅1999年に高架化されたため淀屋橋駅から寝屋川市の寝屋川6号踏切までの約15kmが立体交差化されている[注釈 2]。また2011年に淀駅が高架化された。2019年現在、寝屋川市駅 - 枚方市駅付近の約5.5 kmにおいて連続立体交差事業(鉄道高架化)を施行している[3]。事業主体は大阪府で、2019年度に工事を着手し、2028年度に完了する予定[4]

路線データ

沿線風景


本節では、京阪本線と一体的な運用を行っている鴨東線についても記述する。

淀屋橋駅 - 樟葉駅間

起点である淀屋橋駅Osaka Metro御堂筋線との接続駅で、付近は大阪市役所中之島公会堂中之島図書館があるなど大阪屈指の官庁街である。京阪本線はここから天満橋駅までは地下を走行する。Osaka Metro堺筋線の接続駅で大阪取引所(旧・大阪証券取引所)の最寄駅の北浜駅を過ぎると中之島線と合流し、Osaka Metro谷町線との接続駅の天満橋駅に着く。天満橋駅は1963年に淀屋橋駅まで延伸するまでは京阪本線の起点であり地上に駅があった。北寄りの地上駅跡にはOMMビルが建っている。また駅のメインテナントとして松坂屋が入っていたが現在は「京阪ステーションモール」となり、エディオンジュンク堂書店が主なテナントとして入っている。天満橋駅から複々線となって、地上に上がって寝屋川を渡り、高架に上がると京橋駅に着く。京橋駅は大阪環状線JR東西線学研都市線との接続駅であり、周辺は1990年の大阪花の万博を機に大阪ビジネスパーク (OBP) など急激に再開発が進んだ地域の一つである。

京橋駅を過ぎると方向別複々線となって、内側2線を主に優等列車が、外側2線を主に普通列車が使用するため複々線区間の多くの駅には内側線にホームが設けられていない。大阪環状線をまたぎ、北にカーブしておおさか東線をくぐると野江駅Osaka Metro今里筋線の接続駅である関目駅阪神高速道路12号森小路線をくぐり森小路駅を過ぎるとダイエー発祥の地(現在は閉店)がある千林商店街のある千林駅守口市に入って滝井駅土居駅と800mほどの距離で3駅が密集する区間を通り、京阪百貨店がある守口市駅に着く。内側線にもホームがあり、快速急行停車駅ではあるが、平日朝ラッシュ時の下りはほとんどの優等列車が通過するのも特徴である。守口市駅までは直線が続いていたが、この駅を過ぎると徐々にカーブが増えていく。大手家電メーカーパナソニックの本社工場の最寄り駅である西三荘駅門真市に入って一旦地上に降り、近畿自動車道大阪中央環状線をくぐって大阪モノレールの接続駅である門真市駅を過ぎると再び高架を上がる。大阪府門真運転免許試験場の最寄り駅の古川橋駅大和田駅を過ぎると寝屋川市に入り、萱島駅に到着する。内側線にもホームがあり、複々線は事実上この駅までで、普通や区間急行を中心に始終着列車が多い。またこの駅は下りホームと屋根を突き抜けてクスノキが生えているのも特徴である。

萱島駅を過ぎると複々線のうち営業線の内側2線はそのまま高架が続くのに対し、回送線の外側2線は高架を降り寝屋川信号所につながっており、実際の複々線はここで終了して複線となる。程なく右手に寝屋川車庫・寝屋川車両工場が見え、寝屋川市駅を過ぎると高架を降り、成田山不動尊の最寄り駅で待避設備のある香里園駅に着く。枚方市に入り光善寺駅を過ぎて国道1号(枚方バイパス)をくぐり、右手にひらかたパークが見えると枚方公園駅を過ぎ、大きくカーブして高架に上がると特急停車駅で交野線との接続駅である枚方市駅に着く。列車は枚方市駅を出発して地上線へ降りて御殿山駅牧野駅といった中間駅を通り過ぎていくと、左にカーブして急勾配を上がり、右に曲がる。ここから、架線方式が、コンパウンドカテナリー式からシンプルカテナリー式に変わる。その先をしばらく走れば大阪府内の京阪本線で最も東側にあり、くずはモールの最寄り駅で特急停車駅の樟葉駅に到着する。樟葉駅では京都府の八幡市久御山町方面に向かう京阪バスが発着することもあり、京都府民の利用客が多いことや始発着列車が多いこと、さらには周辺部はくずはモールをはじめ京阪電気鉄道が積極的に不動産事業を展開したことが特徴である。

樟葉駅 - 三条駅(出町柳駅)間

樟葉駅から先は車窓が一変し、前方には男山も見えてくる。列車は京都府に入って最初の駅である橋本駅を過ぎると、減速しながら右にカーブして、石清水八幡宮の最寄り駅の石清水八幡宮駅に着く。石清水八幡宮へは参道を歩いて登るほか、この駅に隣接するケーブル八幡宮口駅からケーブルカー石清水八幡宮参道ケーブル)も発着している。石清水八幡宮駅を過ぎると木津川を京阪最長の鉄橋で渡り、洛南浄化センター(京都府下最大の下水処理場)を右に見ながら築堤上を左にカーブ京滋バイパスの高架橋をくぐる。そして宇治川を渡って京都市に入り右にカーブすると、左右には京阪本線のもう一つの車庫である淀車庫が見えてくる。そのまま進めば程なく京都競馬場の最寄り駅である淀駅に着く。淀駅はかつて淀城跡の近くにあったが、2011年5月に現在地に移転高架化した。また車庫の最寄り駅でもあるために出町柳方面行きを中心に始終着列車が設定されている。さらに東に進んで国道1号枚方バイパス)、第二京阪道路を潜り、減速して右にカーブすれば、宇治線との接続駅の中書島駅に到着する。駅南側には三十石船の置かれた伏見港公園が整備され、駅北側には幕末時代に重要な舞台となった寺田屋があるなど昔ながらの街並みが残っている。中書島駅を過ぎると進行方向を北に変える。

中書島駅から先は、住宅密集地の狭い空間を走る。中書島駅を出て左にほぼ90度カーブすると伏見区の中心駅である伏見桃山駅に到着する。そのまま右に左にカーブを切りながら坂を上がっていくと、近鉄京都線との連絡駅である丹波橋駅に到着する。かつては近鉄京都線との直通運転を行っていたために大阪寄り、京都寄りともにその線路跡を垣間見ることができる。丹波橋駅を発車した列車は、右に左にカーブして近鉄京都線を乗り越えると、すぐに墨染駅名神高速道路を潜ったところにある藤森駅を過ぎると、龍谷大学(深草校舎)の最寄り駅で待避設備のある龍谷大前深草駅に着く。この駅はかつては深草車庫も併設されていたが1980年に閉鎖され、電留線が1線残っていたが、2代目橋上駅舎の新築工事により撤去されている。この先の急カーブを過ぎると伏見稲荷大社の最寄り駅の伏見稲荷駅鳥羽街道駅を出ると、急勾配の右急カーブを上がって、JR奈良線を乗り越え、急勾配の左急カーブを下がればJR奈良線との接続駅である東福寺駅に到着する。

左側に大手ゲーム機メーカー任天堂の京都リサーチセンター(1959年から2000年までの本社)が見え、東海道新幹線東海道本線琵琶湖線)を潜ると列車は地下線に入り三十三間堂京都女子大学の最寄り駅七条駅に到着する。その先は右にカーブしながら清水寺の最寄り駅である清水五条駅八坂神社や京都随一の繁華街四条通の最寄り駅である祇園四条駅を経て、さらにその先の勾配を上がると京都市営地下鉄東西線の接続駅である三条駅に到着する。かつてはこの駅の地上から京津線も発着していたが、1997年に廃止された後は地下鉄東西線からの直通運転により接続している。また地元では「三条京阪」の名称で親しまれ、バスターミナルなども併設されていて京都の一大拠点になっていたが、鉄道網の充実により現在は拠点性が縮小している。七条駅 - 三条駅間の地上線時代は琵琶湖疏水と併走し、京阪線の見所の一つでもあった。

京阪本線の正式な終点は三条駅であるが、実際に三条駅で折り返す列車は少数であり、ほとんどの列車はこの先出町柳駅まで続く鴨東線に直通する。平安神宮京都御所の最寄り駅の神宮丸太町駅を過ぎると京都大学吉田キャンパス)、同志社大学今出川キャンパス)や下鴨神社の最寄り駅で鴨東線の終点の出町柳駅に着く。地上からは洛北方面に向かう叡山電鉄が発着していて、行楽シーズンには混雑する。

運行形態


三条駅に発着する大半の列車が鴨東線出町柳駅まで直通運転を行っており、一部の列車は天満橋駅から中之島線中之島駅まで直通運転を行っている。そのため、両線との運行形態も併せて記述する。

以下に種別ごとの詳細を示す。特記なければ通常期の運行形態について記す(ダイヤ乱れによる運用変更については、この限りではない)。年末年始に実施される正月ダイヤについては「年末年始」の節を、そのほかの臨時ダイヤについては「臨時列車」「臨時ダイヤ」の節も参照。また、快速特急・ライナー・特急・通勤快急・快速急行の詳細については「京阪特急」も参照。

列車種別

京阪本線の列車種別は、快速特急「洛楽」ライナー特急通勤快急快速急行深夜急行急行通勤準急準急区間急行普通の計11種別がある。

各種別の現行の全停車駅は#駅一覧を参照。

快速特急「洛楽」

淀屋橋駅 - 出町柳駅間で平日は9時台に上り2本、17 - 18時台に下り2本が運行され、土曜・休日は9 - 11時台に上り5本、16 - 18時台に下り5本が運行される。京橋駅 - 七条駅間をノンストップ、最速34分で運行する。中之島線には乗り入れない。

2011年秋から2016年正月までは行楽期限定で運行されていたが(後述)、2016年3月19日のダイヤ改定より、土休日ダイヤ限定で定期運行されることとなった[6]。京橋駅 - 七条駅間ノンストップ列車の定期運転は2000年6月までの特急以来約16年ぶりであった。さらに、2017年2月25日のダイヤ改定からは平日にも運行されている[7]。車両は臨時運行時代から8000系が使用されていたが、2017年2月25日の改定から2018年9月15日の改正まで全列車とも3000系(2代)が使用されていた[7](行楽期を除く)。

2011年10月22日 - 12月4日の土休日に淀屋橋発出町柳行の臨時列車として運行された[8][9]時は列車愛称がなく、2012年3月24日 - 6月3日の土休日に運行される際に、この運行に向けて愛称の募集も行われ「洛楽」の列車愛称があたえられた[10]。以後春と秋の行楽シーズンの土休日に運行される。臨時運行時代はノンストップ特急が運転されるときは運用上の都合により、前後の定期特急が一般車に差し替えられていた。2017年2月25日のダイヤ改定からは快速特急の案内が、愛称を含めた「快速特急 洛楽」に変更されている。

正月三が日における正月ダイヤでは、2014年以降は午前に淀屋橋発出町柳行き、夕方に出町柳発淀屋橋行きのノンストップ特急「洛楽初詣」(2015年以降は「洛楽」)がそれぞれ運行された[11][12]

なお、定期運用では2008年10月 - 2011年5月にも快速特急が存在したが(「旧・快速特急」参照)、こちらは平日の夕方から夜間にかけて淀屋橋発出町柳行きのみの設定で、中書島駅と丹波橋駅にも停車していた。

2018年9月15日のダイヤ改定より、土休日に限り使用車両がプレミアムカー連結の8000系に戻されたが、平日の8000系の運用は復活せず、引き続き3000系(2代)を使用する。

ライナー

2017年8月21日より平日朝に運行を開始[13]。平日の朝に出町柳・三条・樟葉・枚方市発淀屋橋行きの下り列車がそれぞれ1本ずつ、平日の夜に淀屋橋発出町柳行きの上り列車が2本運行されている[14]。中之島線には乗り入れない。

停車駅は特急と同じである。しかし、一般列車優先のダイヤであることや誤乗防止のため駅での停車時間が長いことが要因で所要時間は特急に比べて軒並み長い。この種別はプレミアムカーを含めて全車座席指定の列車であり、運賃のほかにライナー券(300円または380円)またはプレミアムカーを利用する場合はプレミアムカー券(400円または500円)が必要である。ただし下り列車の京橋駅 - 淀屋橋駅間と上り列車の七条駅 - 出町柳駅間は乗車券のみで乗車できる。車両は原則として8000系が使用される。

設定当初は平日朝の淀屋橋行きのみの運行で始発駅を出ると京橋までノンストップとなり、京橋駅から淀屋橋駅までは各駅に停車していた。2018年9月15日のダイヤ改定より、平日夜間に出町柳行きが設定され停車駅が特急と同一となった[15]

特急

終日にわたって運転され、「京阪特急」の名で親しまれている。ほとんどの列車が淀屋橋駅 - 出町柳駅間の運転で、平日朝には枚方市発淀屋橋行きが1本、平日夜には淀屋橋発樟葉行きが1本、深夜には淀屋橋発三条行き(三条駅で普通出町柳行きに変更して運転)と出町柳発枚方市行きがそれぞれ1本設定されている。中之島線には乗り入れない。

ダイヤ改定・ダイヤ変更のたびにK特急・快速特急がそのまま置き換わる形で運転時間帯が拡大され、朝ラッシュ時下りや早朝・深夜を除いて終日10分間隔運転となった。

車両は、淀屋橋駅 - 出町柳駅間の全区間通しの列車については2階建車両(ダブルデッカー)およびプレミアムカーが連結されている特急用の2ドア車8000系を中心に、3ドアの車両とで運用されている。3ドア車については昼間時間帯は原則として3000系(2代)が限定的に運用に就いているが、ラッシュ時や深夜を中心に一般車の運用もあり、2019年現在平日ダイヤ35本、土休日ダイヤ11本が一般車での運用となっている。また、平日朝ラッシュ時の特急には女性専用車両が設定され、上下とも京都側の先頭車にあたる1号車が対象になる[16]。なお、駅の時刻表には発車時刻の横に小さく2ドア車か3ドア車を表すマークが付けられている。

京阪間通しの特急における普通との緩急接続は「準急・通勤準急」の節を参照のこと(ほかに京橋駅で中之島駅発着の普通と緩急接続させることによって、特急停車駅から中之島線各駅への所要時間を短縮させている)。

出町柳駅 - 淀屋橋駅間の標準所要時間は53 - 54分(ラッシュ時は60分前後の列車も存在)で、カーブの多い路線と大阪・京都それぞれの市街区域(地下鉄に準ずる区間 = この区間は主要駅や地下鉄等の乗換駅が連続することから、特急も停車駅が多くスピードが落ちる)に乗り入れる区間が他社より長いことが影響して大阪 - 京都の都市間輸送の所要時間では他社に水を開けられている[注釈 7]

特急の方向幕の地色は赤である。2003年9月6日のダイヤ改定で現在の赤地に白文字の幕となった。それ以前は、8000系は黒地に赤文字の幕を、3000系(初代)は白地に赤文字の幕を使用しており、1995年の更新工事の際に8000系と同様の黒地に赤の幕となった。2003年以前に使用していた黒地に赤字の幕は2600系に入っており、「K特急おりひめ」で使用された。なお、現在の赤地に白文字の幕は、製造時の6000系の急行幕(英語なし)と同じ色である。

2000年6月30日までは京橋駅 - 七条駅間途中ノンストップ(ただし朝ラッシュ時の下りのみ1993年より中書島駅、1997年より枚方市駅にも停車)[17]、2000年7月1日から2003年9月5日までは中書島駅・丹波橋駅に終日停車となり京橋駅 - 中書島駅間(事実上京阪間)ノンストップで運転されていた(朝ラッシュ時の下りのみ枚方市駅に停車)。ただし、毎年8月の最終日曜日に行われていた『くらわんか花火大会』の開催時には枚方市駅(1998年以前は樟葉駅)に上下列車とも臨時停車していた。2003年9月6日以降は枚方市駅・樟葉駅にも停車となった。2008年10月のダイヤ改定から2011年5月のダイヤ変更までは日中、1/3の列車が一般車による淀屋橋駅 - 枚方市駅間の運転(枚方市駅 - 出町柳駅間は快速急行が補完)、朝ラッシュ時の上りの半数、および平日夕ラッシュ時の上りの一部の列車が樟葉駅または三条駅止まりとなっていた。また、京都競馬開催期の最多客時には、枚方市発淀屋橋行きの特急を延長する形で競馬場最寄りの淀駅始発の臨時特急が運転されることがあった。2011年5月28日に行われたダイヤ改定で、枚方市止まりの特急を中之島線からの快速急行と統合した形で出町柳行きに延伸し、夜間帯を除き10分間隔で運行されている。また平日に運行されていた快速特急についてはすべて特急に置き換えられ、別途行楽期の臨時列車として運転されている(後述)。また運用数と主要駅の停車時間、運転余裕時分の見直しにより、所要時間が下り57分・上り55分に延びた。

2016年3月19日のダイヤ改定で、停車駅での停車時間や緩急接続の見直しにより、所要時間が2 - 4分短縮された。2017年上半期からの『プレミアムカー』導入による8000系の改造に伴い、2016年9月24日から順次8000系で運用される列車は7両編成での運行に変更され、2017年2月25日のダイヤ改定で、8000系で運用される列車はすべて7両編成での運行に変更された。同年8月20日から、プレミアムカーを連結した8両編成に戻された[13]

快速急行・通勤快急

特急に準じて、枚方市駅を境に京都側では特急と同等、大阪側では従来の急行の役割(ただし、枚方公園駅は通過)を果たす。

主に朝夕ラッシュ時、夜に設定されている。淀屋橋駅 - 樟葉駅間の運転が多く、平日朝下り2本と平日夕方上り多数、深夜に上り1本設定されている。淀屋橋駅 - 出町柳駅間で運転される列車は少なく、平日朝上り4本と平日夕方下り2本、土休日夕方下り5本のみである。そのほか、平日朝には寝屋川市発出町柳行きと枚方市発淀屋橋行きがそれぞれ1本、平日夕方には唯一中之島線に乗り入れる中之島発樟葉行きが1本設定されている。

夕方の出町柳発淀屋橋行きは枚方市駅で快速特急「洛楽」を待避する。その以外の列車は全区間で先着する。また、京都競馬開催時の土・休日には夕方の下り5本中3本が淀駅に臨時停車する。

夕方ラッシュ時の上り列車は淀行きまたは樟葉駅折り返しの急行の補完的な役割を担い、出町柳駅発の列車は快速特急の運行による特急を補完(快速特急が通過する枚方市駅、樟葉駅、中書島駅、丹波橋駅の停車本数を毎時6本に確保)するために運行されている。これにより、快速急行停車駅においては実質10分に1本の本数が確保されている。

通勤快急は快速急行の停車駅から守口市駅を除外した種別で、平日朝に下りのみ運転される。出町柳発淀屋橋行きが2本、出町柳発中之島行きが2本、樟葉発淀屋橋行きが1本設定されている。

種別幕の表示は両種別ともに紫色である。

通勤快急はこの名称が正式な列車種別名であり、「通勤快速急行」とは称さない。

運行の変遷

本種別は2008年10月19日の中之島線開業時に中之島駅発着の最速達種別として登場し、それまでの急行を置き換える形でほぼ終日運転されていた。車両も3000系(2代)がほぼ専属的に使用されていた。競馬開催日には、朝から夕方にかけて競馬場最寄りの淀駅にも臨時停車していた(出町柳発7時40分 - 17時40分と中之島発7時30分 - 17時00分)[注釈 8]

その後、2009年9月の一部ダイヤ改定では夕方時間帯の樟葉行きが淀屋橋駅始発の急行に立て替えられ、中之島駅始発の列車は普通に格下げされた。また出町柳行きについても三条駅(20時以降は樟葉行き)までの運転となり、三条行きは樟葉駅で快速特急の通過待避を行っていた。

2011年5月のダイヤ改定で淀屋橋駅 - 枚方市駅間の特急と統合する形で日中の運転がなくなり、本数は大幅に削減された。また、夕方の三条行きは樟葉行きに短縮された。

さらに、2013年3月のダイヤ改定により中之島駅 - 出町柳駅間の運転は平日朝ラッシュ時に限られ、この時間以外に運行される快速急行について、平日は、上りは中之島発樟葉行き・下りは出町柳発淀屋橋行きとなっている。土・休日ダイヤにおいては朝と夜間の出町柳発淀屋橋行きのみとなった。

2016年3月19日のダイヤ改定では、一部列車が7両編成での運行となり、新たに淀屋橋行きの通勤快急が1本設定された(従来の中之島行きは3本に減少)。また、土曜・休日ダイヤの朝に淀屋橋発出町柳行き・樟葉発淀屋橋行き、夕方に淀屋橋行きの列車が増便された。夕方ラッシュ時には再び3000系による運用が1運用復活(2016年9月24日の運用変更で再び廃止、2017年2月25日の改定で淀屋橋17:54発樟葉行き1本が再再度設定)。深夜帯の出町柳発淀屋橋行きが廃止となった。この改定で上り下り共に中之島線開業から続いた中之島駅 - 出町柳駅間の通しの快速急行が消滅し、下りの中之島行きについては平日の枚方市駅8:56を始発とする運用1本のみとなった。

2017年2月25日のダイヤ改定では、平日夕方から夜間の中之島発樟葉行きの列車がすべて淀屋橋発に変更(21時台は急行に変更)となり、中之島駅を始発とする快速急行は平日朝の樟葉行き2本にまで減少した。

2017年8月20日のダイヤ改定では、平日朝の樟葉行き1本も淀屋橋発に変更されたため、中之島駅を発着する快速急行は上下1本ずつのみとなった。

2018年9月15日のダイヤ改定では、3000系による通勤快急と平日夕方の樟葉行きの運用が消滅した一方で、平日朝に3000系による寝屋川市発出町柳行き[注釈 9] が新設され、種別が設定されて以来初の大阪方面を発着しない快速急行となった。また、平日朝の出町柳発淀屋橋行きが樟葉発に短縮されることになり、出町柳駅を始発とする快速急行は平日・土休日とも、夕方の淀屋橋行きのみとなった。また、これまでは平日朝や土休日夕方で見られた7両編成での運行は平日夜(上りのみ)にも拡大された。

2021年1月31日のダイヤ改正では、樟葉始発の通勤快急が新たに1本設定され、三条始発は出町柳発となり消滅した。深夜の淀屋橋発樟葉行き特急が格下げする形で快速急行となったため、土休日上りの運転が復活した。

急行・深夜急行

京橋駅 - 枚方市駅間では特急が通過する主要駅にも停車し、枚方市駅 - 出町柳駅間でも特急より停車駅が多いものの、京阪間で通過運転を行う種別である。京阪の現行種別で唯一列車によって停車駅が異なり、淀駅を始発・終着とする列車のみ淀駅に停車する(それ以外は臨時停車を除いて通過)。中之島線には乗り入れない。

2021年1月改定の現行ダイヤでは日中時間帯の運転はない(後述の正月ダイヤを除く)。淀屋橋駅 - 出町柳駅間の列車のほか、朝夕ラッシュ時には淀屋橋駅 - 樟葉駅間の列車や、早朝には寝屋川市発出町柳行き、平日朝には淀屋橋発枚方市行き、早朝・平日夕方・夜には淀車庫への出入庫や土休日の京都競馬場への利便を兼ねた通常は通過する淀駅発着の区間列車(淀屋橋駅 - 淀駅・淀駅 - 出町柳駅間)がある。平日の9時台、土休日の9時 - 11時台には同時間帯に運行される上り快速特急「洛楽」を枚方市駅で待避する淀屋橋発出町柳行きが平日2本、土休日5本運行されている。これらは快速特急が通過する枚方市駅、樟葉駅、中書島駅、丹波橋駅の停車本数を補完する役割を持ち、土休日においてはひらかたパーク石清水八幡宮、京都競馬場(競馬開催日に淀駅に臨時停車)、伏見稲荷大社東山といった沿線の観光・行楽需要に対応している。快速特急「洛楽」の他、特急に抜かれる列車も存在するが多くの列車が全区間で先着する。

以前は8両編成での運転が多かったが現在は7,8両編成ともほぼ同数である。京都側の区間列車は2003年9月のダイヤ改定までは準急として運転されていた(後述)。

深夜急行は、大阪府内郊外主要駅の最終帰宅需要に特化した種別として1本のみ設定されている。8両編成での運転で、淀屋橋駅を0時20分に出発後、京橋駅より先の停車駅では普通や準急の運転がすでに終了しているため緩急接続を一切行わず、0時49分に樟葉駅に到着する。停車駅は急行から守口市駅・枚方公園駅が除外したもので、通勤快急と同じである。12月31日夜から1月1日の午前にかけて実施される大晦日ダイヤでは急行に差し替えられるため、樟葉駅 - 出町柳駅間で運行されたことは一度も無く、日本の鉄道において「深夜急行」という名称の種別を運行しているのは当路線のみである。

通勤快急以下の種別では8両編成のみならず、3扉車7両編成も運用に入っている。取り扱い上では3扉であっても、実際には5000系限定の運用が2本設定されている。そのうち、出町柳駅23時25分発淀屋橋行きの急行は0時29分に淀屋橋駅到着後、車庫に戻らないで淀屋橋駅3番線でそのまま夜間滞泊し、翌日が平日ダイヤ実施日であればその次運用となる淀屋橋駅5時04分発普通三条行きを5扉扱いとして運用する[18](もう1本は前述の寝屋川市発出町柳行きだが、これは平日は5扉扱いで運用する)。しかし、一般利用者の目に触れる時刻表に5000系使用列車である旨は記載されておらず特段の案内もないため、書籍物などからでは5000系の運用を特定することはできない(平日始発から朝ラッシュ時終了までの5扉扱いで運用する列車に限り、公式ホームページ掲載の時刻表で5000系使用列車を特定することは可能)。

淀屋橋駅発の平日夕方ラッシュ時から深夜にかけての樟葉駅行きの場合、前述の快速急行と急行とを混在させているが、前者と後者との停車駅の差はわずか1駅であり、急行は枚方公園駅に停車するが快速急行は通過となる点だけが異なる。

方向幕の色は両種別ともに橙色に白文字である。現在の橙色は1989年7000系登場以降、英語入りの幕に交換された時から使用されている。それ以前は英語表示のない赤地に白文字の幕(色は2003年以降の特急と同じ)を使用していた。6000系登場以前は白地に赤字であった。前面の表示幕がない時代の方向板は丸形のものを使用しており、淀屋橋駅 - 三条駅(出町柳駅)間が赤地に白文字、淀屋橋駅 - 樟葉駅間が白地に赤文字と区別しており、側面幕は白地に赤字で「急行」であった。

運行の変遷

急行は長らく、終日運転される主力優等種別であった。淀屋橋開業後の1964年当時の途中停車駅は四条駅(現在の祇園四条駅)・七条駅・伏見稲荷駅・丹波橋駅・中書島駅・八幡町駅(現在の石清水八幡宮駅)・枚方市駅・香里園駅・京橋駅・天満橋駅北浜駅(1961年12月以降は日中は枚方公園駅にも停車)であり、当時の急行は2008年10月19日に新たに登場した快速急行とほぼ同じ水準の停車駅数であったが、その後は停車駅が増え、現在では全運転区間の約半数の駅に停車している。

2000年のダイヤ改定までは、普通との緩急接続は基本的に守口市駅(萱島駅折り返し)・香里園駅・丹波橋駅の3駅(丹波橋駅では宇治線直通列車のみ)に加え、樟葉駅では同駅折り返しの準急と相互に行われてきた。加えて、早朝・深夜時間帯以外は20分間隔時代は全区間で逃げ切れていた。しかし、1971年8月の樟葉駅の改良工事完成に伴うダイヤ改正より15分間隔化になると、逆に逃げ切れなくなったために樟葉駅あるいは丹波橋駅で特急に必ず追い越されていた。その後、2003年9月のダイヤ改定で昼間時の運転が中止(準急に置き換え)された後、2006年4月のダイヤ改定から2008年10月19日のダイヤ改定前までは、昼間は淀屋橋駅 - 枚方市駅間の運転(一部は準急、香里園駅で特急待避あり)、それ以外の時間帯は淀屋橋駅 - 出町柳駅間を15分間隔(夜間は20分間隔)で運転される形でほぼ終日運転されていて、土休日は京阪間通しの列車は原則として終点まで特急に追い抜かれなかった(ただしまれに三条駅で特急に追い抜かれることもあった)。

1980年3月まで寝屋川市駅・枚方公園駅は昼間時間帯のみ停車、守口市駅は終日通過となっていた(ただし、1960年代後半には朝ラッシュ時に守口車庫から出庫する列車として、当時は停車駅ではなかった守口駅発三条駅行きの急行が3本設定されていたが、1971年のダイヤ改正頃に廃止された)が、1980年3月のダイヤ改定で寝屋川市駅は終日停車、守口市駅は昼間時間帯停車となり、その後守口市駅・枚方公園駅は夕方ラッシュ時にも停車するようになるなど、ダイヤ改正→ダイヤ改定毎に停車時間帯が拡大し、2003年からは夕方ラッシュ時間帯終了後から深夜時間帯突入前の夜間(22時台頃まで)にも停車するようになった結果、早朝から朝ラッシュ時および深夜のみの通過となった。その後、2008年の中之島線開業で早朝と深夜の列車についても停車を開始し、ここに全急行列車が両駅に停車するようになった(代わりに朝ラッシュ時の急行はこの改定で廃止された)。

2011年5月のダイヤ改定で昼間にも淀屋橋駅 - 樟葉駅間運転の急行が1時間あたり4往復復活すると、普通とは京橋駅(中之島駅発着)・守口市駅・香里園駅で緩急接続するようになったほか、樟葉駅では特急とも緩急接続するようになった(ただし香里園駅・枚方公園駅から樟葉駅以東の特急停車駅間に対しては、枚方市駅で特急と準急または普通が緩急接続するダイヤになっているため、そちらが樟葉駅で特急と急行を相互に乗り継ぐよりも早く到着する)。

京都競馬開催時(場外の時期も含む)は淀駅に臨時停車していた。2008年10月19日のダイヤ改定で昼間の運転がなくなったため、代わって快速急行が臨時停車していたが、2011年5月のダイヤ改定で昼間の運転がなくなり臨時停車がなくなった。ただし、以後も淀発の中之島行き臨時急行が運転されることがある。快速特急「洛楽」が運転される春秋の特別ダイヤでは特急の送り込みの関係上、京都競馬開催の有無関係なく午後の時間帯(15時 - 17時台) で淀発の出町柳行きが運行された。臨時停車の代わりに樟葉発の急行を延長する形で土休日朝に淀行き、夕方に淀発急行が設定された。淀駅はそれらを含め、始終着とする急行のみ停車し、これ以外の列車は淀駅を通過する。

8両編成運転は1985年から始まり、当初は朝夕ラッシュ時の樟葉駅で折り返す列車のみであったが、1987年の京都地下線(東福寺駅 - 三条駅間)の開業で全線に拡大していった。

2009年9月のダイヤ変更で平日夕方上りに限り、中之島発の樟葉行き快速急行3本が淀屋橋発樟葉行きの急行4本に振り替えられた。それと引き換えに、中之島発の列車は普通に格下げされている。さらに前節のとおり、2011年5月のダイヤ改定で日中も淀屋橋駅 - 樟葉駅間で運転されるようになり、夕方時間帯の下りも運転されるようになった。しかし、2013年3月16日のダイヤ変更で、日中の運転は1時間あたり4本から3本に削減され、準急と交互に20分間隔での運転になった[19]。また土日に運転されている淀行きの急行2本を樟葉行きに短縮し、平日夕方ラッシュに運行されている樟葉行き急行4本を淀行きに変更。また深夜にも淀行きの急行(これは樟葉行きの準急の格上げによるもの)が運行されるようになった。2016年3月19日のダイヤ改定で日中の運転が取りやめとなった[6]

2017年2月25日のダイヤ改定より上り快速特急「洛楽」運行時間帯は、八幡市駅(現在の石清水八幡宮駅)、伏見稲荷駅、清水五条駅、神宮丸太町駅などの京都観光最寄駅に配慮して、出町柳行き(快速急行より変更)が平日に2本、土・休日に5本運行されている[7]。この列車は、枚方市で、快速特急「洛楽」を待避し、京都競馬開催時(場外の時期も含む)は淀駅に臨時停車する。

2018年9月15日のダイヤ改定では、平日1本、土休日に2本あった8000系での運用は消滅し、2017年8月20日から8000系で営業していた「プレミアムカー」の設定も消滅した。平日夜には出町柳発淀行きが3本増発された。土休日の朝には特急を増発することになり、朝の出町柳行きについては、6時台は準急(出町柳行き)に変更、7時台は樟葉行きに変更された。また、2008年10月のダイヤ改正により消滅した枚方市行きの運転が復活した(平日夜と土休日昼に1本ずつ)。

準急・通勤準急

主に複々線区間で通過運転を行い、そのほかの区間は各駅に停車する。平日朝ラッシュ時の下りは守口市駅を通過する「通勤準急」として運転し、それ以外は守口市駅に停車する「準急」としてほぼ終日運転され、守口市駅で普通に接続している。平日朝・夕ラッシュ時の一部で中之島駅発着の列車が運転されるが、それ以外は淀屋橋駅発着となる。このほか枚方市駅・樟葉駅・淀駅(通勤準急は設定なし)発着の区間運転列車が設定されている。そのほか、土休日早朝には三条発淀屋橋行きが設定されている。中書島駅 - 七条駅間の急行通過駅のホーム有効長が7両のため、京阪間通しの列車はすべて7両編成での運転であり、8両編成での運転は淀以西に限られる。京橋駅で中之島駅発着の普通と相互接続する列車がある。それらを乗り継ぐことによって、淀屋橋駅発着の普通を補完している。

各駅停車区間における特急との待避・緩急接続は、基本的に香里園駅・樟葉駅・丹波橋駅・三条駅の4駅で行っている。ラッシュ時には京橋駅・枚方市駅で緩急接続を行う列車や、萱島駅・淀駅・龍谷大前深草駅優等列車の待避を行う列車、香里園駅や枚方市駅で快速急行や急行に接続する列車もある。

種別幕の地色は両種別ともに青である。6000系登場以前は白地に青字であった。また、方向板を使用していた時は丸板で白地に青文字で準急(行き先は黒字)と書かれたものを使っていた(天満橋駅発着列車は黄色地に青文字で準急)。

運行の変遷

1980年3月のダイヤ改定前は朝夕時間帯のみの運行であったが、日中の区間急行を準急に変更する形でほぼ終日の運行となる。そのため、萱島駅の利用客を救済する目的で同駅にも停車するようになった。この当時は日中を中心に基本的に枚方市駅折り返しで、樟葉駅で折り返すのは朝夕に限られていたが、1987年6月1日のダイヤ改定で日中も樟葉駅で折り返すようになった。

1989年9月には京都側にも通過運転を行う準急が設定された(出町柳駅 - 淀駅・樟葉駅間;後述)。また1990年までは夕方以降も守口市駅は通過だった。2003年9月のダイヤ改定で、全列車萱島駅 - 出町柳駅間は各駅停車(1987年以前の運転体系。ただし当時は鴨東線区間は未開業)に再度戻された。この改定で昼間に全線通しの運転と枚方市駅折り返し運転が1時間あたり6本ずつ設定された(計12本)。平日夕方ラッシュ時には交野線直通準急「ひこぼし」(天満橋駅始発)が設定された。

2006年4月のダイヤ改定では、枚方市駅折り返しの急行が1時間あたり6本設定された関係で、昼間の準急の運行がなくなったが、2007年9月のダイヤ改定で15時以降に急行が準急に置き換わるパターンとなった。この時間帯は急行と同様に、香里園駅で特急待避をしていたが、萱島駅で必ず区間急行(後述)との接続を取っていた。

中之島線開業日の2008年10月19日のダイヤ改定では、再び昼間に全線通しの運転が毎時4本復活した。また、守口市通過列車を「通勤準急」として分離した。「ひこぼし」は運転時間帯が変更され、深夜帯の快速急行に置き換えられた(「ひこぼし」の愛称は従来どおり使用)[20]

2009年9月のダイヤ改定により、夕方以降の列車は京都側での普通の区間列車(樟葉駅・淀駅 - 三条駅・出町柳駅間)と樟葉駅折り返しの準急列車が統合され、中書島駅 - 樟葉駅間の速達列車の通過駅(淀駅・橋本駅)でも利便性が向上している。

2011年5月28日のダイヤ改定では、急行の終日運行が復活した関係で、日中の準急が1時間あたり4本から2本に削減の上、中之島駅発着に変更され、京橋駅で淀屋橋発の特急や普通と接続を行うようになった。そのため、日中の中之島線直通列車は準急2本・普通4本とも淀屋橋駅発着列車を2本連続で接続待ちしてから、改めて京橋駅を発車するダイヤになり、京橋駅での停車時間が非常に長くなった(正月ダイヤの日中でもほぼ同様、ただし当該時間帯の中之島線直通列車は普通のみ)。

2013年3月16日のダイヤ改定で、日中の運転は1時間あたり中之島駅発着2本から淀屋橋駅発着3本に変更された[19]。春秋の特別ダイヤでは4本(出町柳行き2本、枚方市(夕方以降は出町柳行き)行き2本に変更された。枚方市駅で折り返す列車は香里園駅で特急に追い抜かれる列車がある。

2016年3月19日のダイヤ改定では、日中の急行を準急に置き換え、淀屋橋駅 - 出町柳駅間の列車が10分間隔で1時間あたり6本となった[6]。また、日中の特急との接続駅が樟葉駅・丹波橋駅・三条駅に変更され、香里園駅で特急を待避する運行形態に変更された。夕ラッシュ時間帯の上り区間運転の列車は枚方市駅折り返しとなった。平日朝の枚方市駅7:03発の中之島行き通勤準急が初の3000系での運用となった。

2017年2月のダイヤ改定以降、夕方ラッシュ時の淀屋橋発の一部が中之島発(京橋で特急に連絡)に、樟葉発中之島行きが一部を除いて淀屋橋行きに変更された。

2017年8月20日のダイヤ改定で3000系の通勤準急は消滅した。

区間急行

主に朝夕に運転される種別で、複々線区間の途中駅である守口市駅以東を各駅に停車することで、大阪モノレール線との乗り換え駅でありながら外側線(緩行線)にしかホームがない門真市駅やその周辺の駅の速達・利便性を確保する役割を担っている[注釈 11]ほか、平日朝ラッシュ時下りでは通勤快急と通勤準急が停車しない守口市駅を補完する役割も持つ。大半の列車が寝屋川車庫への出入庫も兼ねた萱島駅発着で、萱島以東も走るのは平日朝の下り樟葉発4本と上り枚方市行き1本、平日深夜の上り香里園行き1本のみである。内側線の容量の関係上、平日朝ラッシュ時下りには全線外側線を走行する列車が1本ある。前を走行する普通列車の速度に合わせて走るため、守口市駅 - 京橋駅間の所要時間は急行線を走る区間急行より2 - 3分遅い。

平日朝ラッシュ時の淀屋橋発樟葉行き上り列車の1本は、枚方市駅まで後部2両が「女学生・児童優先車両」となることがある。学校の授業がある期間に、香里園駅を最寄り駅とする香里ヌヴェール学院中学校・高等学校の生徒向けに設定されている。設定時は車両の前後に「後部2両 女学生・児童優先」の看板が掲出される[21]

区間急行は他社では急行と準急の中間の種別として使われるが(近畿日本鉄道南海電気鉄道など)、京阪では伝統的に区間急行を準急と普通の中間の種別としている。英文字表記は他社の「準急」に当たる"Semi-exp. (SEMI-EXPRESS)"と表記され、準急には他社の「区間急行」に当たる"Sub-exp. (SUB-EXPRESS)"と表記されていることから、区間急行と準急の位置付けが逆になっている(京阪の区間急行=他社の準急、京阪の準急=他社の区間急行)ことがわかる[注釈 12]

方向幕の地色は緑色である。長らく「区急」と略して表示されてきたが、2003年改定より駅の発車案内表示において「区間急行」と略さずに表示するようになり、車両側も2008年より中之島線対応で方向幕を交換して、駅と同じく「区間急行」と表示するようになった。なお、前面の行先表示板を使用していた頃は、区間急行は普通の板の行先の下に赤字で「急」と書かれたものを使用していた時期があった[注釈 13]

運行の変遷

1980年3月のダイヤ改定で、それまで枚方市駅が最東であった区間急行は樟葉駅まで運転区間を延長した。また日中の列車は準急に変更され[注釈 14]、それ以降は朝夕ラッシュ時の専従列車として運転されてきたが、2006年のダイヤ改定からは再び26年ぶりに昼間時間帯にも運転するようになった。

2008年10月19日のダイヤ改定では、天満橋行きを中之島行きに延伸した(昼間時。平日のラッシュ時には淀屋橋行きも運転)。2009年のダイヤ改定で大阪側の4両編成の列車が、平日萱島発深夜の片道1本のみ区間急行で復活した。この列車は中之島線直通であり、折り返し快速急行となった(10000系限定)が、2011年5月28日のダイヤ改定によりこの運用は終了となった。また、この改定では昼間時間帯の運転も再度廃止され、1980年より2006年までと同様に早朝、深夜およびラッシュ時のみの運転となった。

2016年3月19日のダイヤ改定では、朝の枚方市発の列車が樟葉発の準急に変更され、萱島駅以東発の列車が削減された[6]。一方、樟葉行きが平日朝に1本復活したほか、平日に樟葉発淀屋橋行きが設定された。

2017年2月のダイヤ改定では、夕ラッシュ時上りの一部が準急に変更され、本数は少し減少した。

2018年9月15日のダイヤ改定で、平日早朝の下り樟葉発の準急1本が格下げされ、萱島以東を走る区間急行は1本増えた。

2021年1月31日のダイヤ改定では、平日朝の樟葉行きが消滅し、枚方市駅 - 樟葉駅間は下りのみの運転となった。また、平日夜には香里園行きも設定された。

普通

各駅に停車し、全線で運転される。案内放送では「各駅停車」で統一されている。

日中含め多くの時間帯で中之島駅 - 萱島駅・枚方市駅間の運転である。時間帯によっては淀屋橋駅・樟葉駅・出町柳駅を始発・終着駅とする列車も存在する。京都側のみ運転となる淀駅 - 出町柳駅間の列車も朝夕・夜に設定されている。その他、早朝には寝屋川市発出町柳行きや三条発中之島行きが、土休日夜には出町柳発樟葉行きが1本、深夜には中之島発三条行きが1本、出町柳発守口市行きが1本、出町柳発枚方市行き1本、出町柳発寝屋川市行きが設定されている。京阪の列車として所要時間が最長となる中之島駅 - 出町柳駅間を乗り通すと約90 - 110分かかる。昼間時は守口市駅で準急に、枚方市発着は枚方市駅で特急に接続する。快速急行・急行が運転される時間帯は香里園駅でも接続を行う。中書島駅 - 七条駅間の急行通過駅のホーム有効長が7両のため、準急と同様に京阪間通しの列車及び淀発着の列車はすべて7両編成であり、8両編成での運転は樟葉以西と深夜の三条発出町柳行き[注釈 15]のみである。

特に京阪間通しの普通の場合、2000年のダイヤ改定までは香里園駅を出れば、あとは枚方市駅と深草駅(現在の龍谷大前深草駅)で特急を待避するだけで(下りはその逆)、後続の急行とは緩急接続せずに三条駅または出町柳駅まで逃げ切るダイヤとなっていた。萱島駅折り返し列車に関しては、萱島駅 - 出町柳駅間の各駅に停車する準急と接続できる体系になっている。しかし2000年のダイヤ改定から約3年間、香里園駅発車後、三条駅または出町柳駅まで逃げ切れなくなっていたが、これは丹波橋駅で特急と急行が緩急接続するようになった上、京阪間通し列車における深草駅での2列車連続待避が生じたためである。その反面、伏見稲荷駅での緩急接続はできない(同駅には待避設備がないため)ものの、急行の後続となる普通へ乗り換えることにより、丹波橋駅以南の特急・急行停車駅から鳥羽街道駅・東福寺駅への所要時間が短縮された。

運行の変遷

2000年のダイヤ改定までは昼間時に三条方面と宇治線との直通列車も存在していた[22]が、配線の都合上、中書島駅で進行方向が変わっていた。このダイヤ改定で中書島駅で系統分割され、2003年のダイヤ改定まで中書島駅発着となり、丹波橋駅での急行との接続もなくなり、三条駅・出町柳駅または中書島駅まで先着となった。なお系統分割後の当該列車は上り特急の後を追って中書島駅を発車するダイヤになっていたため、中書島駅以南の特急・急行停車駅から伏見桃山駅までの所要時間が短縮された。

2003年9月のダイヤ改定で、それまで全線直通と萱島駅折り返しの2本立てだったが、前者は日中の萱島駅以南が準急に格上げされたため後者のみに統一された。2006年4月のダイヤ改定で2年7か月ぶりに全線直通が復活し、1時間あたり6本すべてが全線直通に統一された。しかし、2008年10月19日のダイヤ改定では1時間あたり6本中2本を残して萱島駅以南が再び準急に格上げされており、萱島駅折り返しが2年半ぶりに復活している。このダイヤ改定から、ラッシュ時間帯に運転されていた京都側での折り返し列車は大幅に削減され、一部列車は準急に系統統合されている。

また、2011年5月28日のダイヤ改定で日中の区間急行が、中之島駅 - 萱島駅・出町柳駅間の普通に置き換えられた。よって、大阪側基準で日中の3分の2の列車が中之島駅発着に変更されたため、この時間帯における淀屋橋・北浜両駅から野江駅 - 土居駅間各駅への利用者は、3分の1を残して京橋駅での乗り換えが必要となった(淀屋橋駅まで乗り入れるのは、日中毎時2往復しかない)。さらに、2013年3月16日のダイヤ変更で、日中1時間あたり6本すべてが中之島駅発着に統一され、日中は淀屋橋駅 - 天満橋駅での運用がなくなり、前述の利用者はほぼ終日京橋駅での乗り継ぎが必要となった[19]。また大阪側の区間列車は8両編成が大幅に増えている(これは平日ダイヤで夕方以降に樟葉行きの快速急行や準急として折り返す列車があるため)。

2016年3月19日のダイヤ改定では、日中の中之島駅 - 出町柳駅間の列車が中之島駅 - 枚方市駅間の運転に変更された[6]。また、日中の香里園駅での緩急接続が取り止められた。平日朝ラッシュ時の香里園行き上り列車の1本は、後部2両を女学生・児童優先車両としていたが、この改定で消滅し、区間急行に設定が引き継がれた。

2017年2月25日のダイヤ改定では、日中の萱島発着のうち、毎時1本が枚方市発着に変更され、日中は中之島駅 - 枚方市駅間4本、中之島駅 - 萱島駅間2本の運行が基本となった。

2021年1月31日のダイヤ改定では、深夜の香里園行きが消滅した。

運転本数

通常期の昼間時の1時間毎の運転本数をまとめると以下のとおりになる(2018年9月15日ダイヤ改正時点)。

日中の運行パターン(平日・土休日)
駅名

種別












特急 6本
準急 6本
普通 中之島 4本  
←中之島 2本  

臨時列車

京都競馬開催時の臨時列車

京都競馬場での競馬開催時には、最寄駅となる淀に向けて臨時列車が運転されている。メイン競走の格により本数は増減する。

1990年代までは、午前に淀屋橋発淀行きの急行、午後に淀発天満橋行き(一部淀屋橋行き)および三条行きの急行が運転されていた。この臨時急行は「馬急(うまきゅう)」とも呼ばれ、行先表示板を使用していた時代には蹄鉄が描かれたものを使用していた[23]1999年4月から2003年9月6日ダイヤ改定前までは、午前の急行に代わって「淀快速ターフィー号」が運転されていた(停車駅は淀屋橋・北浜・天満橋・京橋・守口市・淀。ただし守口市停車は2000年秋から)。この列車では競馬専門紙のトラックマンやスポーツ新聞の競馬担当記者による競馬予想が車内で放送されていた[23]。それ以降は準急の枚方市駅(2003年9月改定以前は樟葉駅) - 淀駅間を延長する列車のうち枚方市駅 - 淀駅間で急行運転するものは「Gallop」(ギャロップ)として運転され、ヘッドマークも掲げられていた。2006年4月のダイヤ改定以降は高架化工事に伴い下り線が始発線のない仮設ホームに移設されたため、臨時列車の本数が大幅に減ったものの、メイン競走の格によって復路のみ淀発天満橋行や三条行の急行が運転されることがあった。2008年10月からは快速急行が淀駅に臨時停車するようになり、2011年5月に昼間の快速急行が廃止されて一旦は廃止されていたものの、2016年3月19日のダイヤ改定で臨時停車を再開した。現在はメイン競走の格によって増減するが、中之島駅 - 淀駅間の急行(往路は上り・復路は下り。場合によっては特急も運転されることもある)、淀駅 - 三条駅間の普通(上りのみで運転されない場合もある)が運転される。例外として2010年11月27日には京阪杯開催および京阪電車100周年を記念して臨時ターフィー号が1本運転され、また2011年度も11月26日に臨時ターフィー号が淀屋橋駅 → 淀駅間で片道1本運転された[24]

過去にはホームに観戦帰りの客が殺到し、安全性確保のために通常は通過する特急が急遽臨時停車した例もあった。また、2003年9月6日の大幅なダイヤ改定直後の同年10月 - 11月の日曜日のうち4日間と、2004年5月2日には「休日特別ダイヤ」を編成したことがあった。このダイヤでは朝夕に各種列車の増発が行われ、特に夕方(16 - 17時台)には10分当たり三条発天満橋行き臨時特急1本、淀発天満橋行き臨時急行1本、淀発淀屋橋行き「Gallop」1本が増発され、定期列車と合わせて複線区間(淀駅 - 萱島駅間の下り)で10分間に片道5本(平均2分間隔)という朝ラッシュ時間帯並みの本数となった。

宇治快速

きさいち快速

臨時ダイヤ

年末年始

毎年正月三が日には成田山不動尊石清水八幡宮伏見稲荷大社を始めとする沿線の寺社への初詣需要に対応するため、大晦日の夜間18時台から、翌年1月3日(曜日配列によっては4日または5日)までは、「土曜・休日ダイヤ」を適用せず、「大晦日ダイヤ」・「正月ダイヤ」を編成して運転している。これらは交野線、宇治線、石清水八幡宮参道ケーブルにおいても適用される。各駅や全列車の時刻などは、京阪電鉄の公式ホームページ上や、「K-PRESS」、またはリーフレットなどで公表される。

大晦日ダイヤ

大晦日の始発電車から18時までは京阪線共通で「土曜・休日ダイヤ」で運転[25]し、同日18時から翌年の元日10時までは「大晦日ダイヤ」として、通常とは異なるダイヤに切り替え、翌年の元日早朝にかけて終夜運転を実施する。

2011年以降(年表記は大晦日基準、この節において以下同じ)は急行を淀屋橋駅 - 出町柳駅間で20分間隔、普通を淀屋橋駅・中之島駅 - 出町柳駅間で20分間隔で運行している。ただし、3時台以降は運転間隔が広がり、それぞれ30分間隔となるほか、入庫のための萱島行き普通列車も運転される。終夜運転時における急行と普通の緩急接続は香里園駅のみで行う。

京阪線の終夜運転の開始は1957年に遡る[26]。過去の運行概要は以下のとおりであった。

正月ダイヤ

元日の10時から1月3日の終電までは「正月ダイヤ」を実施している。終日に渡り通常ダイヤとは異なるダイヤとなり、日中に京都方面で増発される反面、朝や夜間は通常の土曜・休日ダイヤに比べて本数が少なくなるのが特徴である。終電の時間帯に関しては、通常ダイヤとほぼ同じ形で運転される。

日中の運行パターン(正月)
駅名

種別










特急 5本
急行 5本
普通 中之島 5本  

正月ダイヤにおける各種別の運行形態は以下のとおりである。

快速特急「洛楽」
通常の土休日ダイヤよりも1往復多い6往復となり、午前に淀屋橋発出町柳行きが6本、夕方に出町柳発淀屋橋行きが6本をそれぞれ24分間隔で運転する。車両に関しては3000系、8000系の両方を使用し、正月ダイヤ期間限定で「初詣 洛楽」と描かれた毎年異なるデザインのヘッドマークが全列車に掲出される。
特急
通常ダイヤよりも本数が減少し、日中は12分間隔での運転となる。車両に関しては、8000系での運転本数も日中は1時間あたり3 - 4本となり、一般車での運転は快速特急「洛楽」運転時間帯に行われる。
急行
急行停車駅である石清水八幡宮駅伏見稲荷駅などの初詣需要に対応するため通常ダイヤよりも本数が大幅に増加し、正月ダイヤにおいて準急に代わる主力種別となる。淀屋橋駅 - 天満橋駅間および三条駅 - 出町柳駅間で本数が大幅に減る普通を補完する役割も持つ。早朝から夕方までと深夜の下りの運転で日中は12分間隔、ほとんどの列車が京阪間通しでの運転である。ただし、夕方の上りは樟葉行きとなる。日中は特急の待避があり、上りは三条駅で、下りは枚方市駅で行われる。また、快速特急「洛楽」の待避は香里園駅・樟葉駅・三条駅で行われる。
準急
通常ダイヤよりも本数が大幅に減少し、朝と夜のみの運転となり、日中の運転はなくなる。
区間急行
通常ダイヤと運転時間帯はほとんど変わらないが、本数は減少する。
普通
通常ダイヤよりも大阪側においては本数が減少し、京都側においては本数が増加する。日中は中之島駅 - 三条駅を12分間隔で運行する。そのため、大半の駅において停車本数が1時間あたり6本から5本に減少する。優等列車との待避・緩急接続は、上りが守口市駅・香里園駅・丹波橋駅で急行と、枚方市駅・丹波橋駅で特急と行い、下りが三条駅・丹波橋駅・守口市駅で急行と、龍谷大前深草駅・淀駅・京橋駅で特急と行う。

通常の土休日ダイヤでは運転されている快速急行の設定はない。

なお、京都競馬の京都金杯の開催時は正月ダイヤまたは平日ダイヤで競馬関連の臨時列車が運転される珍しい事例が見られることがある。

過去の運行概要は以下のとおりであった。

大文字五山送り火

大文字五山送り火のある毎年8月16日は、土曜日・日曜日にならない限りは原則として平日ダイヤの運転となる。

2008年までの実績では、夕方以降の急行(樟葉発着も含む)は出町柳まで運転された。一方で出町柳発着の普通の一部は三条での折り返し運転とした(出町柳発着に8両編成の列車を集約させるため)。また20時以降はK特急や急行を中心に臨時列車が運転された。2009年以降は混雑する時間帯に出町柳駅発の樟葉行きの臨時急行を増発している。出町柳駅の今出川口については混雑緩和などのために営業時間を延長(21:30まで)する。

特別ダイヤ

行楽シーズンを中心に土休日ダイヤが変更され、特別ダイヤで運行される。特別ダイヤ実施期間中、快速特急「洛楽」が午前中に出町柳行きが、午後に淀屋橋行きが運転される。午前の快速特急「洛楽」出町柳行きが運行される時間帯には淀屋橋発の快速急行出町柳行きが運行され、枚方市駅で待避する。特定の日を除き、淀駅にも臨時停車する。一部の急行が準急が変更されるほか、淀屋橋駅 - 枚方市駅間の準急(夕方は中之島駅 - 枚方市駅間の普通)が運行され、一部の列車の緩急接続や通過待避のパターンが変更される。ダイヤは公式サイト上や各駅で公表される。午前中の出町柳行きの快速特急洛楽・特急・快速急行は「貴船・鞍馬連絡」・「大原連絡」・「比叡山連絡」として運転される列車が設定されている[34]

この特別ダイヤは、2003年の10月から11月に掛けてと2004年5月2日に実施された「休日特別ダイヤ」が前身であるが、2014年に「春の(または秋の)特別ダイヤ」として再開され、原則として3月下旬から5月上旬と10月、11月の全休日に(2015年のみ9月中旬より実施)実施していた。

その他

上記以外にも祇園祭宇治川花火大会天神祭など沿線で大きな催し物がある場合は夜間を中心に臨時列車(または定期列車の運転区間延長)が運転される。また、行楽シーズンには淀屋橋駅・天満橋駅 - 三条駅・出町柳駅間に臨時特急が運転されることがあった。他線に比べて比較的臨時列車が多い路線だが、近年臨時列車は減便傾向にある。以前は名称がない臨時列車にも「臨」のヘッドマークが掲げられていたが、2003年9月6日改定以降はこのマークは臨時特急のみにしか掲げられていない。

さらに、沿線で大きなイベントが開催される場合は夜間の特急が3ドア車(通常は2ドア車)に差し替えられることがある。

過去にあった列車種別

K特急

京阪本線のかつての最優等種別。2003年9月6日のダイヤ改定で新設(運転開始は8日から)された。ただし停車駅はダイヤ改定前の特急と同じで、特急の停車駅が増加したことにより新たに設けられた種別である。淀屋橋駅 - 出町柳駅間で運行され、朝の淀屋橋行きが枚方市駅にも停車していた。

平日の昼間以外の時間帯のみの運転で、通勤特急の役割を果たすことから土曜・休日は運転されなかった。平日夕方ラッシュ時では丹波橋駅で急行と緩急接続を行っていた。朝の下り以外は事実上の京阪間ノンストップ列車である。朝の一部の列車は3ドア車で運転され、特に最混雑時間帯の下り列車では2ドア車の充当が避けられていた。

朝ラッシュ時には出町柳側の1両目が女性専用車両として運用されていた。

また、平日朝ラッシュ時には交野線私市から淀屋橋行きK特急「おりひめ」が2本運転されていた。この列車は交野線でのホーム有効長の関係上5両編成で運転された。

K特急の名称は中之島線開業に伴う2008年10月19日のダイヤ改定で廃止され、平日朝のK特急が特急に、夕方の上りK特急が快速特急(「おりひめ」は通勤快急)に改称された[20]

旧・快速特急

京阪本線上りのかつての最優等種別。2008年10月19日のダイヤ改定で、それまでのK特急から置き換える形で新設(運転開始は20日から)。停車駅はダイヤ改定前のK特急と同じで、特急よりも速達列車であるということをわかりやすくするために新設された種別である。平日夕ラッシュ時にすべて2ドア車(8000系)により淀屋橋発出町柳行で運行され、下りや土曜・休日の定期列車は設定されていなかった。

なお、この列車は枚方市駅樟葉駅は通過となるため、京橋駅などでは通常の特急との誤認を防ぐための放送を係員が肉声で行っているほか、京橋駅の発車メロディはこの列車に限り「朝靄の京橋で乗り換え」を使用している。

臨時列車では、2011年に「さくらエクスプレス」「わかばエクスプレス」として淀屋橋発出町柳行きが2本運転されたほか、「光のルネサンス号」として出町柳発中之島行きが運行された実績がある(下りの快速特急が運転されたのはこの時のみ)。

2011年5月28日のダイヤ改定で廃止となり、全列車とも特急に格下げされた。

旧・区間急行

1938年の設定当時は天満橋駅 - 枚方東口駅(現在の枚方市駅)間で運行され、停車駅は蒲生駅(現在の京橋駅)・門真駅(現在は廃止)・萱島駅・寝屋川駅(現在の寝屋川市駅)・香里園駅・枚方駅(現在の枚方公園駅)であった。種別としては準急よりも下位であるが、当時準急停車駅であった守口駅(現在の守口市駅)を通過していた点が特徴である。戦争中に一旦廃止となり、戦後1947年に運行を再開している。その後、現在の停車駅(片町駅にも停車)となり、1960年のダイヤ改定でそれまで運行されていた京橋駅 - 守口駅間通過の普通に統合され、昼間時にも運転されるようになった。

A急行(途中駅折返急行)

一方、この区間急行とは別に、1952年にそれまで混雑時に天満橋駅 - 枚方市駅間で運行されていた急行を、枚方公園駅以北を各駅停車とする形で八幡町駅・深草駅まで延長した。この急行は種別板が赤の縁取りで白地に赤文字で「急」と書かれていた(両サイドに行先を表記)。この種別板は、後年設定される樟葉始発の急行(ただし停車駅は全線通しの急行と同様)の種別板と同様のものであった。

このA急行と準急との停車駅の違いは、豊野駅(1963年廃止)と光善寺駅を通過するか停車するかの違いのみであり、豊野駅が廃止されて以降は準急との停車駅数の差が1駅(光善寺駅停車の有無のみ)となり、急行運転の意味が薄れたため、1969年の京橋駅移転によるダイヤ改正により準急と統合して廃止された。この区間運転の急行は当時の列車番号の頭部に「A」を付番していたため「A急行」とも呼ばれていたが、旅客案内上ではこれも「急行」と称していた。1964年当時は朝ラッシュ最ピーク時に主に枚方市駅 - 淀屋橋駅間で(この時の区間急行は一部を除き香里園駅・萱島駅・守口駅始発)、夕方以降に淀屋橋駅 - 八幡町駅(入庫列車は深草駅)系統を中心に運行していた。

京都側の準急

1989年9月27日から2003年9月5日まで運転されていた種別で、朝と夕方のラッシュ時や夜間を中心に運転されていた(運転区間:出町柳駅 - 淀駅・樟葉駅間、停車駅:出町柳駅 - 七条駅間の各駅・伏見稲荷駅・丹波橋駅・中書島駅 - 樟葉駅間の各駅)。

この列車の前身は三条から宇治線に直通していた急行であり、その名残りで当初は夕方ラッシュ時に樟葉行きのみを5両編成中心に運転していた。その後、1991年6月1日のダイヤ改定で朝ラッシュ時の淀発出町柳行きと夜間に淀行きが追加されたのち、2000年のダイヤ改定で夕方ラッシュ時の出町柳駅 - 樟葉駅間の列車は普通に格下げされ、同時に7両編成も登場した。2003年9月6日のダイヤ改定で、萱島駅以東各駅停車に改められた(1989年以前の形に戻った)ため、出町柳駅 - 淀駅間の準急は急行に変更された(この急行は淀駅に停車する)。

なお、大阪方面からの準急は1937年の種別設定当時は枚方東口駅(現在の枚方市駅)以東、戦後の運行再開後しばらくの間は中書島駅以東で通過駅があった(1950年から1952年は「直行」を名乗った)。1987年改定以後は、準急は淀屋橋駅 - 淀駅間のみ設定されていた。また、2003年9月の改定までは大阪方面の準急は淀駅以東には直通しなかったので、この期間は、淀屋橋駅 - 樟葉駅(一部淀駅、枚方市駅)間と、出町柳駅 - 樟葉駅・淀駅の2系統の準急がある状態であった。

奈良電気鉄道・近鉄京都線直通の急行・準急

1968年まで丹波橋駅 - 三条駅間に奈良電気鉄道(1963年以降は近鉄京都線)直通の急行・準急・普通が運転されていた(急行は1956年頃までおよび、1967年からの設定)。奈良電気鉄道・近鉄の車両が使用され、停車駅は1957年までの準急は各駅停車、それ以外は急行・準急とも京阪間直通の急行と同一であった。詳細は「奈良電気鉄道#京阪神急行電鉄・京阪電気鉄道との直通運転」を参照。

普通(通過駅あり)

太平洋戦争中の1944年2月5日より、混雑時の京阪間直通の普通列車は蒲生駅(現在の京橋駅) - 守口駅(現在の守口市駅)間を通過するとされた。この措置がいつ解除になったかは不詳である。その後、1956年、天満橋駅 - 三条駅間直通の普通列車(早朝および夕方 - 夜間の一部を除く)については当時の複々線区間である京橋駅 - 守口駅間が通過となった。この区間の各駅については枚方市駅(一部は豊野駅)折り返しの普通列車が停車する形になっていた。この2つの普通は案内の上では特に区別されず、どちらも「普通」であったが、角型方向板中の行き先の周りを赤枠で囲ったものが使用されていた。1960年のダイヤ改定で直通列車を各駅停車に、枚方市駅折り返し列車を京橋駅 - 守口駅間通過に入れ替えた上で、上記の「区間急行」と統合する形で区間急行に変更され、通過駅のある普通列車は消滅した。部内では「直行」とも称された。

交野線直通列車 「おりひめ」・「ひこぼし」

2013年3月16日のダイヤ改定まで平日朝ラッシュ時には交野線私市発中之島行き通勤快急「おりひめ」、平日深夜には中之島発私市行き快速急行「ひこぼし」が運転されていた(各1本ずつ)。両列車は交野線でのホーム有効長の関係上、5両(2600系)編成で運転されていた。中之島線開業前の2003年9月の「おりひめ」・「ひこぼし」新設当初から2008年10月までは「おりひめ」は私市発淀屋橋行きK特急、「ひこぼし」は夕方時間帯に天満橋発私市行き準急として運転されていた。

貨物列車

貨物運輸は1913年(大正2年)7月4日に開始され、1937年(昭和12年)6月時点のダイヤでは塩小路駅 - 天満橋駅間に定期貨物電車が3往復、不定期が3往復、塩小路駅始発で中書島駅から宇治線へ乗り入れ往復後に天満橋駅に向かう列車が1本設定されていた[35]。戦後も1946年(昭和21年)2月時点で1日2往復、1953年(昭和28年)9月には1往復の定期貨物電車が運行されていた。この当時は、塩小路通りの踏切を超えたところで一旦停車、バックして駅構内に入り、大阪天満橋へは一度三条駅まで北上してから折り返して運用された[36]。1955年(昭和30年)6月25日、貨物輸送は廃止され貨物専用駅の塩小路駅も廃駅となった。

歴史


概要

創業時の展開

計画時、大阪側は本来高麗橋を起点とする予定が、大阪市の圧力で天満橋駅に変更を余儀なくされ(「市営モンロー主義」を参照)、それ以来大阪中心部への乗り入れは京阪の悲願となる。

建設当初は阪神電気鉄道とともに大阪市電への乗り入れも計画していたが、車体規格の問題などで大阪市が難色を示しお流れとなった。その後、戦前には新京阪線(後述)との総合ターミナル駅建設による梅田への乗り入れ計画も立てられたが果たせず(「京阪梅田線」を参照)、開業から半世紀余りを経た1963年4月16日にようやく地下線で淀屋橋への乗り入れを果たした。

京都側も五条(現・清水五条) - 塩小路駅間が住宅密集地で用地確保に難航し、塩小路駅を起点にした営業開始も検討された。そこに京都市から鴨川琵琶湖疏水の間の堤防上に軌道設置の提案があり、しかも市電用に取得した特許の譲渡を持ちかけられた。塩小路 - 五条間を報償金5万円、五条 - 三条間を報償金47万円で譲り受け、まず五条駅までが建設された(詳細は「京阪60型電車」を参照)。

伏見の深草地区では陸軍第十六師団の演習の支障を防ぐためとの理由で深草駅(現在の龍谷大前深草駅) - 藤森駅間にあった第一軍道 - 第三軍道は開業時から道路が京阪本線の線路を跨ぐ形で立体交差化された(現在、第十六師団駐屯地跡は聖母学院龍谷大学京都府警警察学校京都教育大学などになっている)。

このほか、淀川水系の洪水対策で宇治川木津川が付け替えられたため[注釈 17]に橋梁の位置の変更、軟弱な地盤などで軌道敷設許可から建設までには10数か所に及ぶ設計変更やルート変更が行われ、1908年9月全線の青写真が完成。同年10月から4工区に分けて随時着工され、翌1909年4月には網島工場・車庫も着工、6月には鉄道線に電気を供給する火力発電所を毛馬の閘門付近に建設、枚方と伏見に変電所を着工した。

そして開業した京阪線は、適用法規(軌道条例、後に軌道法)の関係から全区間の3分の1が併用軌道で大阪側に集中していた。また京街道の宿場を縫うように造られたためにカーブの多い路線であった。当時総務課長として線路の選定と用地買収に当たった太田光熈(のちに社長)の回想では、これでも当局や取締役の岡崎邦輔を介した政府筋への運動により、当初の特許から「併用道路を三分の一に減じて貰」った結果であったという[37]

1910年4月1日が開業日となるはずであったが、直前の守口変電所での変圧器の火災などで開業が15日延期された。ようやく開業にこぎつけた4月15日当日も車両故障が発生して始発電車から立ち往生する事態となり、当時の新聞にも酷評されるなど散々な目に遭った。このため、18日までの3日間は運賃を半額にするという今では考えられないサービスで汚名返上に努めた。

急行電車の運転

天満橋駅 - 五条駅間の所要時間は開業当初1時間40分で、7月から1時間30分に、大正時代に入った1912年には1時間20分まで短縮した。さらなる所要時間の短縮を狙い、1914年には日本初となる急行電車の運転を開始した。当初は深夜の運転で天満橋駅 - 五条駅間をノンストップで走り1時間で結ぶことに成功。翌1915年からは日本で初めて自動閉塞信号機を導入し、日中にも運転時間帯を拡大した。三条延伸開業後は途中、四条駅(現在の祇園四条駅)のみ停車となったが、天満橋駅 - 三条駅間の所要時間は1時間で変わらなかった。1916年からはこの急行を最急行に格上げし、主要駅停車の急行を新設した。ただし、最急行は改称後4か月で廃止されている(「京阪特急#前身」も参照)。

1917年(大正6年)この年は京阪本線にとって最悪の1年となった。元日午後3時3分枚方駅(現在の枚方公園駅)で停車していた普通電車に急行電車が追突、普通電車は200mも押し出され急行電車は脱線した。事故原因は「急行電車の運転士が御屠蘇を飲んでの飲酒運転に因る前方不注意」というものであった。そして1月17日の早朝深草車庫から出火、客車15両・営業貨車1両・土木貨車3両と検車庫・工場・事務所を焼失した。そこで南海鉄道より路面電車4両を借り、名古屋電車製作所に車体を発注、焼け残った足回りを組み合わせて6両が3月末から4月にかけて到着した。同年9月25日から「大正大水害」と呼ばれる豪雨による洪水で10月1日枚方東口駅 - 樟葉駅間・淀駅 - 中書島駅間で堤防決壊で軌道浸水・軌道流失・軌道閉塞、中書島駅西側の伏見変電所も浸水して機能停止したため枚方東口より京都側は運転不能となった。すぐに復旧工事に入るも同月10日再度水害に見舞われて修復が遅れ、同月11日中書島駅 - 三条駅間の運転再開・淀駅 - 枚方東口駅間が14日に再開、18日午前11時・淀駅 - 中書島駅間が仮復旧して全線の運行が再開された[38]

昭和になった1927年には、ロマンスカーと称した初代600型を登場させ、急行に使用した。このため、「ロマンスカー」という名称を使用したのは小田急電鉄ではなく京阪電鉄が最初となる。併せて、この時期は併用軌道の専用軌道化、守口駅 - 野江駅間の複々線化・立体交差化などの路線の改良、天満橋駅の改築、宇治川・木津川に架かる鉄橋の架け替えなどの更新が重ねられた。

1922年には新京阪鉄道を設立、1928年に新京阪線(現在の阪急京都本線天神橋筋六丁目駅 - 西院駅間を開通させた。戦中に京阪神急行電鉄(1973年に阪急電鉄と改称)に統合され、戦後1949年に新京阪線を阪急に残した形(同時に京都本線と改称)で京阪電気鉄道として再発足した。大阪大空襲からの復興・疎開の影響による京阪間移動需要の急増を踏まえて、1950年7月には急行の所要時間を戦前と同水準とし、さらに9月には特急の運転を開始した。

戦後における都心部への延伸と輸送力強化

終戦直後の1945年から1968年まで奈良電気鉄道線(現在の近鉄京都線)との相互直通運転も行っていた。直通運転の解消は京阪側の1966年の蒲生信号所での追突事故を受けてのATS設置・近鉄京都線の架線電圧1500V昇圧・近鉄と京阪双方の列車本数の増加に丹波橋駅の規模では対応できなくなった。などが原因と言われている(「奈良電気鉄道#京阪電気鉄道との直通運転」も参照)。

また1952年に大和田駅から森ノ宮駅の間10.8kmの別線の特許を申請したり[39][注釈 18]、1971年に表明した京都市伏見区三栖から分岐する「第2京阪線」の構想[注釈 19]や、寝屋川信号所 - 交野駅(現・交野市駅)(約7km)の新線計画[40]など、本線のバイパスとなる路線を立案したことがあったが、いずれも具体化せずに終わっている。

1960年代から70年代にかけ京阪電鉄の開業時からの悲願ともいえる天満橋駅 - 淀屋橋駅間の地下線での延長、天満橋駅 - 蒲生信号所間の高架化と複々線化、「くずはローズタウン」の開発に合わせた樟葉駅の移転、土居駅 - 寝屋川信号所間の高架複々線化事業着工などの大規模工事が次々と行われた。

架線電圧の1500V昇圧は1959年に一度検討されたが、「1975年で輸送量が1959年当時の輸送量の200パーセントとしても600V電圧で7両連結で対応できる」と昇圧を見送った経緯がある。ところが1963年の淀屋橋への延長工事竣工後、利用客の予想をはるかに上回り、1965年に1959年当時の輸送量の2倍になり、1968年から1500Vへの昇圧の準備工事が始まり、1969年4月の重役会で正式に1500Vへの昇圧が決定した。当初の予定では京都市内が地下化され路面電車との平面交差のなくなる1981年頃が予定されていたが、1973年1978年の2度のオイルショックの影響で工事費が暴騰したことと輸送量の伸びが鈍化したことで1982年頃へと先送りされ、さらに繰り下げられた。準備から15年の歳月と250億円もの費用をかけて1983年12月4日に1500Vへ昇圧を果たした[41]。1500V化は当時の大手私鉄14社では最後である。

これは、前述の京都市電・大阪市電(いずれも架線電圧600V)との平面交差が4か所残っていたこと[注釈 20]に加えて、京津線80型回生制動から発生する余剰電力を三条駅の変電所を通して京津線から京阪線へ両線の軌道分断後も再送電していたことなども影響している[注釈 21]

1978年に東福寺駅以南が軌道法に基づく軌道から当時の地方鉄道法に基づく地方鉄道に変更された[2]。地下化工事が計画され翌1979年着工された東福寺駅 - 三条駅間は[43]川端通の建設と京阪線地下化工事を一体化して進めるため[注釈 22]、軌道のまま残されたが、地下化後の2013年12月20日許可で鉄道に変更されている[2]。鴨川と琵琶湖疏水に挟まれた堤防上を走っていた同区間は1987年に地下化された[43]。が同年7月15日集中豪雨のため四条駅北側で鴨川へ流れこむ白川の仮設堤防が決壊して川の水が地下線に流れ込み五条駅が浸水し地下区間が終日運休した。翌1988年5月に地下化に伴う付帯工事がすべて竣工。川端通が開通して、浸水事故の恐れはほぼ無くなった。

土居駅 - 寝屋川信号所間の高架複々線化工事が最終段階にかかっていた1980年2月20日の枚方市駅 - 御殿山駅間で置き石による電車脱線事故(京阪電気鉄道置石脱線事故)が発生し、以後地上区間では不法侵入防止の柵がほぼ全区間にわたって設けられた。この事故後、枚方市付近の高架化工事が本格化。枚方市駅は1993年に高架化工事は竣工した。つづいて寝屋川市駅の高架化計画が進められ、寝屋川市駅舎部分に仮線を引く用地が無く京阪で初めて直上高架方式が採用[44]され、2002年に高架化工事が竣工した。これにより淀屋橋駅 - 寝屋川市駅間は寝屋川車庫への出入庫線を除き立体交差化された。

さらに淀駅が高架化され、現在も大阪府下で高架改良計画[注釈 23]があるが、110km/h走行が可能となった区間は複々線の土居駅 - 野江駅間のA線(内側線)の速度制限なしの緩いカーブ1か所(土居駅 - 滝井駅間)を含む直線区間のみであり、100km/h以上で走行できる区間も、淀駅付近(105km/h制限)と、香里園駅 - 寝屋川市駅間の短い直線、門真市駅 - 大和田駅間のA線(半径600m級の100 - 105km/h制限カーブが連続する区間)、守口市駅構内付近大阪方(105km/h制限、ただし京都寄りにすぐ85km/h制限のカーブが存在する)などの比較的緩いカーブを含む区間のみでありきわめて少ない。大阪府内は開業時に併用軌道だったために軌道改良が行われ大半の区間で高速運転が可能となったが、北浜駅の京都側、枚方公園駅 - 枚方市駅間、橋本駅 - 木津川鉄橋間、龍谷大前深草駅 - 伏見稲荷駅間、東福寺駅 - 鳥羽街道駅間と半径200 - 220mの60km/h制限のカーブ区間が至る所に存在し、淀川堤防上の京都府道・大阪府道13号京都守口線(旧京阪国道)と並んで走る樟葉駅 - 橋本駅間は堤防に沿いに湾曲しカーブが随所に残っており[注釈 24]、いまだ「京阪電気鉄道カーブ式会社」と揶揄されることもある。

年表

明治

大正

昭和

平成

令和


利用状況


2019年(令和元年)度の最混雑区間(下り線、野江駅京橋駅間)の混雑率122%(7:50 - 8:50の間に通過する列車の平均)である。これは、阪神本線に次いで全国の大手私鉄路線(支線を除く)で2番目に低い数字である[103]

当路線は1933年(昭和8年)に蒲生信号所 - 守口(現・守口市駅)間が複々線化された。この区間は全国の大手私鉄で初めての方向別複々線となったが、蒲生信号所は野江 - 京橋間の最混雑区間に設けられており、京橋駅の手前で複線となっていたために本数の増加に限度があった。戦後、大阪市近郊でドーナツ化現象が生じると輸送人員が急増し、朝ラッシュ時の混雑率は1965年(昭和40年)度に240%を記録した。

1970年(昭和45年)に複々線が天満橋駅まで延伸されると蒲生信号所のボトルネックは解消し、運転本数の増加が可能となった。混雑率は依然として200%を超えていたが、1977年(昭和42年)に大阪市営地下鉄谷町線が守口駅まで延伸開業して並行路線となったことにより、1978年(昭和53年)度に混雑率が190%を下回った。

それ以降も混雑緩和のために運転本数の増加がダイヤ改正の度に繰り返され、1996年(平成8年)度から朝ラッシュ時に毎時46本が運転されるようになった。しかし、1991年(平成3年)度をピークに輸送人員は減少し、2000年代に混雑率が120%程度まで減少した。そのため運転本数も減少が続き、2016年(平成28年)に毎時34本まで減少した。

平日ダイヤの朝ラッシュ時は下り列車限定で通勤準急と通勤快急が運転されており、準急と快速急行が停車する守口市駅を通過することで遠近分離と混雑の平準化を図っている。

近年の輸送実績を下表に記す。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

年度 最混雑区間(野江 → 京橋間)輸送実績[104][105] 特記事項
運転本数:本 輸送力:人 輸送量:人 混雑率:%
1955年(昭和30年) 29 10,560 21,010 199
1959年(昭和34年) 34 17,280 25,240 146
1960年(昭和35年) 34 17,260 28,295 164
1961年(昭和36年) 36 20,500 33,612 164
1962年(昭和37年) 36 22,140 38,136 172
1963年(昭和38年) 33 19,544 42,874 219 1963年4月15日、淀屋橋駅 - 天満橋駅間開業
1964年(昭和39年) 33 20,320 48,120 237
1965年(昭和40年) 33 21,658 52,051 240
1966年(昭和41年) 33 21,723 51,241 236
1967年(昭和42年) 33 23,636 56,147 238 1967年12月11日、7両編成運転開始
1968年(昭和43年) 33 24,635 58,654 238
1969年(昭和44年) 33 25,913 61,202 236
1970年(昭和45年) 36 29,835 66,960 224 1970年11月1日、天満橋駅 - (旧)蒲生信号所間複々線化
1971年(昭和46年) 37 30,217 60,440 200
1972年(昭和47年) 37 30,368 60,083 198
1973年(昭和48年) 37 30,548 61,670 202
1974年(昭和49年) 37 30,497 64,231 211
1975年(昭和50年) 38 31,319 63,652 203
1976年(昭和51年) 38 31,238 68,322 219 1976年9月12日、守口市駅 - 門真市駅間複々線化
1977年(昭和52年) 39 32,184 61,879 192 1977年4月6日、大阪市営地下鉄谷町線守口駅 - 都島駅間開業
1978年(昭和53年) 39 32,184 60,204 187
1979年(昭和54年) 42 34,009 63,161 186 1980年3月16日、門真市駅 - 寝屋川信号所間複々線化
1980年(昭和55年) 42 34,009 63,358 186
1981年(昭和56年) 44 36,033 63,595 176
1982年(昭和57年) 44 36,033 63,374 176 1983年2月8日、大阪市営地下鉄谷町線大日駅 - 守口駅間開業
1983年(昭和58年) 44 36,374 63,328 174
1984年(昭和59年) 44 36,374 63,434 174
1985年(昭和60年) 44 36,999 63,561 172 1985年4月22日、8両編成運転開始
1986年(昭和61年) 44 36,999 63,994 173
1987年(昭和62年) 44 37,400 64,308 172
1988年(昭和63年) 44 37,400 64,377 172
1989年(平成元年) 44 37,784 64,698 171 1989年10月5日、鴨東線開業
1990年(平成02年) 44 37,784 65,516 173
1991年(平成03年) 45 38,560 65,582 170
1992年(平成04年) 45 39,080 64,952 166
1993年(平成05年) 45 39,080 64,638 165
1994年(平成06年) 45 39,080 64,247 164
1995年(平成07年) 45 39,608 64,181 162
1996年(平成08年) 46 42,368 63,769 151 1997年3月8日、JR東西線京橋駅 - 尼崎駅間開業
1997年(平成09年) 46 42,368 63,175 149
1998年(平成10年) 46 42,368 62,608 148
1999年(平成11年) 46 42,368 61,646 146
2000年(平成12年) 46 42,124 60,873 145
2001年(平成13年) 144
2002年(平成14年) 140
2003年(平成15年) 44 40,248 55,380 138
2004年(平成16年) 130
2005年(平成17年) 125
2006年(平成18年) 132 2006年12月24日、大阪市営地下鉄今里筋線井高野駅 - 今里駅間開業
2007年(平成19年) 40 35,696 45,016 126
2008年(平成20年) 40 35,696 43,544 122 2008年10月19日、中之島線開業
2009年(平成21年) 40 36,080 41,802 116
2010年(平成22年) 40 36,080 40,915 113
2011年(平成23年) 39 34,816 40,301 116
2012年(平成24年) 39 34,816 39,817 114
2013年(平成25年) 36 32,676 38,025 116
2014年(平成26年) 36 32,676 38,666 118
2015年(平成27年) 36 32,676 38,612 118
2016年(平成28年) 34 30,818 38,187 124
2017年(平成29年) 35 31,463 38,116 121 2017年8月20日、ライナー運転開始
2018年(平成30年) 35 31,681 38,341 121
2019年(令和元年) 35 31,553 38,641 122

運転保安設備


自動列車停止装置 (ATS)
京阪電鉄のATSは1966年の蒲生信号所での列車衝突事故を教訓に導入された。国鉄のATS-Sをベースに車両側の車上子が2か所の地上子の通過時のタイムラグから速度超過を検知して停止させる「点制御方式」だが、この方式では出発信号機の誤認による誤出発に対応できないのでループコイルを設置して対応させている。しかし設置から40年以上たち、2014年度より(鴨東線・宇治線・交野線・中之島線を含めて)3年計画で多情報連続制御式ATSシステム「K-ATS」に更新されている。この「K-ATS」は地上子から情報を車上子のデータベース(勾配・曲線・信号・ポイント・駅の位置情報)とをリアルタイムに照合して速度超過を検知して停止させる、また踏切や駅のホームでの異常時にも対応している。「K-ATS」は2015年12月5日より鴨東線出町柳駅 - 深草駅(現在の龍谷大前深草駅)間に導入され[89]、2017年2月4日には深草駅 - 淀駅間と宇治線全線[91][106]、2018年8月には淀駅 - 枚方市駅間と交野線全線に導入[96][107]され、2019年10月26日に枚方市駅 - 守口市駅間[108]、2021年1月9日に守口市駅 - 淀屋橋駅間と中之島線で使用を開始し、京阪線の全営業線で導入が完了した[102][101]
踏切集中監視制御システム
京阪線(宇治線・交野線を含む)の踏切はすべて第1種甲で無人化され、踏切支障報知装置(非常ボタン)が設置[109]されている。自動車が通行可能な踏切には踏切障害物検知装置が設置され、2020年3月からはそれまでの発光器受光器の赤外線方式から、より死角を少なくして障害物を検知できる「2次元レーザー式踏切障害物検知装置」への更新が開始され[100]、交差点横の踏切は360度閃光灯の光を確認できる「全方向型踏切閃光灯」に更新されている。それらの監視・故障検知や、夜間作業や計画停電時に踏切遮断機が下がったままになるのを制御するシステムで、枚方市と中書島に中央装置があり3系統の伝送ケーブルで114か所の現場踏切の装置と繋がっている。踏切異常時の早期復旧、踏切事故でのデータ提出が可能となっている。
自立分散型式列車運行管理システム (ADEC)
1987年より導入された京阪列車運行管理システムで、最大の特徴は運転指令の中央処理装置と19か所に設置された駅制御装置を2重の光ファイバーケーブルでループ上にネットワークして、列車追跡・進路制御・運転整理・ダイヤ管理から機器故障管理、防災表示までおこなっている。2004年から3年かけて更新され、中央指令所の表示板が70インチ液晶プロジェクター7面表示となり、システム全体の応答性が改善され、駅案内放送・行き先表示機の表示情報が充実された。また司令員訓練装置・情報配信システムが新設された。
自動車転落検知装置・土砂崩れ検知装置
樟葉駅 - 橋本駅間の府道13号線(旧京阪国道)との並走区間に1970年代初頭に設置されたのが始まり。線路と道路の間に4本の微弱電流の流された電線が張られ、1本でも切断されると周辺信号機が赤になり、枚方電気部事務所にも伝わる[110]。現在は京都地下線への入り口、中書島駅 - 淀駅間の宇治川堤防と並走区間などにも設置されている。これと同じ方式で落石や土砂崩れを検知する土砂崩れ検知装置が枚方市駅 - 枚方公園駅間の急曲線内側と石清水八幡宮駅 - 橋本駅間の山側に設置されていて、八幡市の区間では2012年の豪雨での防災揚壁の設置工事に併せて設置区間が延長された[111]。現在は、これらの事故情報はADECを通じて運転指令と近隣の信号扱い所に警報を発する。
橋梁衝撃検知装置
架道橋の防護桁に衝撃センサーが設置され、自動車が衝突時に運転指令と近隣の信号扱い所に警報を発する。高さ制限のある2か所の架道橋に設置されている。
列車防護無線装置
事故発生時、運転士がスイッチを押すと近隣を運行中の列車を停止させ二次事故を防止させる。
地震計
早期地震警報システムを導入すると共に直下型地震対策のために中之島変電所(中之島線)・蒲生変電所・枚方変電所・淀変電所・旧東福寺変電所・三条受電変電所に地震計を設置している。

駅一覧


凡例
●:停車、▲:一部の列車が始発・終着または臨時停車、△:始発・終着のみ停車、|↑↓:通過、↑↓:矢印の方向に運転
正式路線名 駅番号 駅名 駅間
キロ
営業
キロ
区間急行 準急 通勤準急 急行 深夜急行 快速急行 通勤快急 特急 ライナー 快速特急 洛楽 接続路線 所在地
直通運転区間 天満橋駅から
○普通・区間急行・準急・通勤準急・快速急行・通勤快急の一部…中之島線中之島駅まで
京阪本線 KH01 淀屋橋駅 - 0.0 大阪市高速電気軌道御堂筋線 (M17) 大阪府 大阪市 中央区
KH02 北浜駅 0.5 0.5 大阪市高速電気軌道: 堺筋線 (K14)
KH03 天満橋駅 0.8 1.3 京阪電気鉄道: 中之島線(一部直通運転:上記参照)
大阪市高速電気軌道: 谷町線 (T22)
KH04 京橋駅 1.7 3.0 西日本旅客鉄道O 大阪環状線片町線(H 学研都市線)H JR東西線
大阪市高速電気軌道: 長堀鶴見緑地線 (N22)
都島区
KH05 野江駅 1.6 4.6 西日本旅客鉄道:F おおさか東線JR野江駅)(JR-F06) 城東区
KH06 関目駅 0.7 5.3 大阪市高速電気軌道: 今里筋線関目成育駅:I17)
KH07 森小路駅 0.9 6.2   旭区
KH08 千林駅 0.6 6.8  
KH09 滝井駅 0.4 7.2   守口市
KH10 土居駅 0.4 7.6  
KH11 守口市駅 0.7 8.3  
KH12 西三荘駅 1.1 9.4   門真市
KH13 門真市駅 0.7 10.1 大阪モノレール大阪モノレール線(本線) (24)
KH14 古川橋駅 0.7 10.8  
KH15 大和田駅 1.2 12.0  
KH16 萱島駅 0.8 12.8   寝屋川市
- 寝屋川信号所 1.1 13.9  
KH17 寝屋川市駅 1.1 15.0  
KH18 香里園駅 2.6 17.6  
KH19 光善寺駅 1.5 19.1   枚方市
KH20 枚方公園駅 1.7 20.8  
KH21 枚方市駅 1.0 21.8 京阪電気鉄道: 交野線
KH22 御殿山駅 1.7 23.5  
KH23 牧野駅 2.0 25.5  
KH24 樟葉駅 2.2 27.7  
KH25 橋本駅 2.4 30.1       京都府 八幡市
KH26 石清水八幡宮駅 1.7 31.8     京阪電気鉄道: 鋼索線(石清水八幡宮参道ケーブル)ケーブル八幡宮口駅:KH80)
KH27 淀駅
京都競馬場
3.5 35.3       京都市 伏見区
KH28 中書島駅 4.4 39.7     京阪電気鉄道: 宇治線
KH29 伏見桃山駅 0.9 40.6      
KH30 丹波橋駅 0.7 41.3     近畿日本鉄道B 京都線近鉄丹波橋駅:B07)
KH31 墨染駅 1.0 42.3      
KH32 藤森駅 1.0 43.3      
KH33 龍谷大前深草駅 0.8 44.1      
KH34 伏見稲荷駅 0.5 44.6      
KH35 鳥羽街道駅 0.6 45.2       東山区
KH36 東福寺駅 0.9 46.1     西日本旅客鉄道:D 奈良線
KH37 七条駅 0.9 47.0      
KH38 清水五条駅 0.7 47.7      
KH39 祇園四条駅 0.9 48.6     阪急電鉄京都本線京都河原町駅:HK-86)[注釈 31]
KH40 三条駅 0.7 49.3     京都市営地下鉄東西線三条京阪駅:T11)
鴨東線
KH41 神宮丸太町駅 1.0 50.3       左京区
KH42 出町柳駅 1.3 51.6     叡山電鉄 E  叡山本線 (E01)

廃駅・廃止信号所

キロポストについて

前述のような歴史的経緯から、京阪本線では距離を示すキロポストが2つに分かれている。(矢印の方向にキロ数が増える)[注釈 32]

  1. 淀屋橋駅→天満橋駅
    淀屋橋への延伸に際して、(天満橋から淀屋橋方面のキロポストはマイナス表示になるのではなく)淀屋橋から天満橋に向けて淀屋橋に延伸線としてのキロポストを打っているため。
  2. 天満橋駅→三条駅
    京阪本線として開通した区間を天満橋起点でキロポストを打っているため。

駅設備

京阪線のすべての駅(中之島線・交野線・宇治線・鴨東線も含む)では自動券売機・PiTaPaやICOCAなどのICカードに対応した自動改札機また拠点駅では定期券の自動販売機が設けられている。大多数の駅の改札内売店「セカンドボッシュ」は次々と閉店し自動販売機だけとなっている。しかし京橋駅・枚方市駅・丹波橋駅・三条駅などには、改札内に書店・ドラッグストアー・駅中商店街、喫茶店などの専門店舗やコンビニ「アンスリー」や「ジュ―サーバー」を設けるなど集約と整理が行われている。

それに併せて京阪線の駅では省力化が進み2015年3月には駅員が改札口に居なくても遠隔操作で対応する「他駅サポートシステム」を導入、併せてトラブル時に速やかに情報を提示する「旅客案内ディスプレー」の設置を2016年3月から進め2017年11月に完了し、2019年12月からは「NHK非常災害時緊急放送」の配信機能が追加された[113]

また乗降客の多い駅に金融機関と提携して駅構内にATMの設置、インバウンド観光客の利用の多い京都市内の三条駅・祇園四条駅・清水五条駅・伏見稲荷駅に(鴨東線出町柳駅・宇治線宇治駅にも)12か国の通貨に対応した外貨自動両替機が設置、伏見稲荷駅と東福寺以北の駅(鴨東線を含む)には観光総合案内板が設置[114]され、駅構内の案内も日本語・ローマ字・ハングル文字・中国語の4言語対応にする。祇園四条駅・北浜駅に観光案内所を設けるなど利用客の国際化に対応しようとしている[115]

その他、2016年度より駅トイレのリニューアル化を開始、清潔感の向上を基本に、高齢者子育て世代にも安心して利用でできる機能を備えたトイレ空間づくりを目指し、併せて洋式トイレについては京阪線60駅(中之島線・交野線・宇治線・鴨東線も含む)のうち、2020年3月31日時点で43駅が完了している[116]

駅のバリアフリー対策

京阪本線の駅のバリアフリー対策は視覚障害者用の点字ブロックが1976年11月の香里園駅のホームに設置されたことから始まり、『高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(通称バリアーフリー新法)』によって1日の乗降客5000人以上の駅には2011年3月末までに障害者対策を設けなければならないため、新しい基準に併せてスロープの改良やエレベーターの設置工事が行われている。

視覚障害者対策の点字ブロックは1981年2月8日までに京阪線のすべての駅に設置され、また1979年1月・主要12駅に点字運賃表が設置され、現在ではすべての駅に設置されている。なお新基準にあわせるために点字ブロックにホーム中側に内行線の増設が行われて2010年3月24日までにすべての駅で改良を終えた[117]。また地下駅への出入り口を知らせる誘導鈴(チャイム)は2013年12月26日までに音声案内に更新された[118]。視覚障害者や酩酊状態でのホーム転落事故を受け、ホームドアの設置は乗降客数最大の京橋駅で計画・準備されているが、5000系のドア配置(ドアの位置と数)に対応できず、5000系の淘汰後に予定されている(駅の安全設備の節も参照)。

車いす対応エレベーターの設置は京阪線鴨川沿いの地下化に伴い1987年5月三条駅と四条駅(現・祇園四条駅)の地上からホーム階までと、五条駅(現・清水五条駅)のホーム階とコンコース階に設置されたのを皮切りに、2018年12月1日現在では鳥羽街道駅を除きエレベーターもしくはスロープの設置された車いす対応の駅となっている。なお車いす利用者のホームと電車の段差を橋渡しする「折りたたみ式の渡し板」は1998年12月19日までに京阪線のすべての駅に配置された。また京都市内の地下線の駅ではエレベーターの更新工事が2014年秋から2015年春にかけて行われた[119]

身障者に対応して、オムツ交換台なども設置された「多目的トイレ」も駅の改良工事に併せて設置されており、古い規格で設置された多目的トイレでは一部にオストメイト対応設備の取り付け工事[注釈 33]も行われている。

駅の省エネ対策

2010年12月八幡市駅(現・石清水八幡宮駅)の改修工事に伴い家電メーカーの協力で照明をすべてLED化するなど省エネ化を図っていたが、2011年の東日本大震災に伴う原子力発電の停止に伴い、一部の照明装置を消灯するなどの運用面やカーブになっているプラットホームの足下灯を更新時にLEDに変えることなどで節電を図っていた。

さらに一般社団法人「低炭素社会創出促進協会」から補助を受け2015年春までに三条駅・祇園四条駅・清水五条駅・七条駅の照明がすべてLED照明に取り換えられた。合わせて京都市内の地下線のトンネル内の照明もLED化したため年間100万kWh電力量の削減が見込まれている[88]。2015年度の深草駅(現在の龍谷大前深草駅)の建て替え時にはLED照明が全面的に採用された。

駅の安全設備

駅構内もカーブになっている箇所が多数あり[120]、そのために1965年9月に七条駅京都行ホームに監視カメラと車掌用モニターの設置[121]が始まり、現在多くの駅にホーム監視カメラとカラー液晶モニターが設置されている。またホーム上から線路への転落などを周りの人が通報する異常通報装置が2014年12月に京阪線全駅に設置が完了した[122]、またプラットホームと電車の間が広く開く中書島駅・石清水八幡宮駅・光善寺駅には足下灯の設置・転落検知マットが設置されている。光善寺駅京都行ホームには「注意喚起シート(紅白縞模様)」が設置[123]され、つづいて中書島駅・祇園四条駅・京橋駅などにも設置された。

また京都地下線の開通時に洪水時の浸水対策として地下駅構内への出入り口に可動式の止水板が設置された。その後、大阪側の地下線にも設置され、定期的に設置訓練が行われている。

近年他の事業者で導入が進むホームドアは、ドア配置の複雑な5000系との兼ね合いから設置が見送られてきた。2020年を目標に5000系を撤退させ、先ず京橋駅にホームドアを設ける計画がある[124][125]

主要駅の1日平均乗降人員


大阪府内の駅は大阪府統計年鑑、京都府内の駅は京都市統計書、八幡市統計書による(いずれも2017年のデータ)。

京阪本線沿線が舞台の映画・コミックなど


  • 映画『偽れる盛装』(吉村公三郎監督、1951年):地上時代の四条駅(現・祇園四条駅)付近にあった団栗踏切で撮影された場面が存在する[126]
  • 角川映画オカンの嫁入り』(2010年9月公開):後半の電車や駅のシーンは牧野駅で撮影された[127][128]
  • 漫画『いなり、こんこん、恋いろは。』:伏見稲荷大社(作中では伊奈里神社)および周辺地域が主な舞台で、登場人物の名前が京阪本線の駅名にちなむ。アニメ化に際してはタイアップ企画として丹波橋駅などに等身大パネルを置いたり、特製乗車券「『京阪電車×いなり、こんこん、恋いろは。』京阪線フリーチケット」が発売された[129]
  • 映画『HELLO WORLD』:登場人物の堅書直実が伏見稲荷駅から出町柳方面の列車に乗るシーンがある。これに関して、伏見稲荷駅、七条駅、出町柳駅ではデジタルスタンプラリーや登場人物のキャラスタンディの展示が行われている[130]
  • 脚注


    [脚注の使い方]

    注釈

    1. ^ 東京に向かう方が上りになるため。大阪よりも京都の方が東京に近い。
    2. ^ a b c ただし回送列車のみが通過する萱島駅 - 寝屋川車庫間の出入庫線に踏切が1か所残っている。
    3. ^ ほかに場内信号機128基・出発信号機111基・入換信号機256基・誘導信号機58基・中継信号機64基・手信号代用器130基が設置されている。
    4. ^ 厳密には城東区野江1丁目付近(京橋駅 - 野江駅間) - 守口市寺内町1丁目付近(土居駅 - 守口市駅間)までが制限速度解除区間である。
    5. ^ 枚方市駅 - 枚方公園駅間・東福寺駅 - 鳥羽街道駅間などに半径200m台の曲線あり
    6. ^ 宇治線六地蔵変電所・交野線交野変電所にも送電している。
    7. ^ 京橋駅 - 七条駅間で見れば同区間を38 - 40分で結んでいる。
    8. ^ 2009年第5回京都競馬開催までは「京都競馬開催日のみ」の臨時停車であった。
    9. ^ 3000系の検査などにより一般車が代走する場合がある。
    10. ^ 淀屋橋発普通の行き先は2009年当時は出町柳行き。2019年7月現在は三条行き。
    11. ^ 西三荘駅 - 大和田駅間の各駅の乗降人員は、野江駅 - 土居駅間の各駅と比べていずれも2倍 - 3倍程度多く、区間急行以下が停車する駅と普通のみ停車する駅との間では同じ各駅停車区間ではあるものの、駅の規模自体にも違いがあると言える。
    12. ^ 同様の事例は東武鉄道にもあり、こちらは東上線において快速が急行よりも格上の列車種別となっている。また、京王電鉄も区間急行の英語表記が「Semi Express」であるが、同社には準急は存在しない。
    13. ^ 1980年3月のダイヤ改定まで。普通・区急が四角の板に対して、急行・準急は丸板であったので区別が可能であった。同改定以降は区急の行先表示板の様式を変更し、四角の板のままではあるが、緑字で行先の上に「区急」と表示するようになった。
    14. ^ 区間急行の準急への格上げにより、西三荘駅 - 大和田駅間の各駅への救済対策として、萱島駅折り返しの普通が新設され、同時に昼間時間帯の急行・準急は守口市駅にも停車するようになった。
    15. ^ 特急三条行きが三条駅で種別変更したもの。
    16. ^ 1981年以降は通常ダイヤで日中のみ正式な停車駅に格上げ。
    17. ^ 当時は宇治川は淀城の北側を流れていた、明治大水害を受けて1896-1910年にかけて宇治川木津川が付け替えられた。出典『京都の治水と昭和大水害』27頁
    18. ^ 森ノ宮では大阪市営地下鉄4号線(現Osaka Metro中央線)との需要を見込んでいた。「近鉄けいはんな線#建設の経緯」も参照。
    19. ^ 三栖は中書島駅淀駅の間で、同年の京都府交通網整備対策協議会ではここから京都市営地下鉄烏丸線と相互乗り入れする構想が示されていた。『鉄道ジャーナル』1972年2月号、p. 113
    20. ^ 京都の四条駅・七条駅・伏見稲荷駅と大阪の片町駅に残っていたが、大阪市電とは1968年12月18日、京都市電とは1978年10月1日にそれぞれ市電路線が廃止されたことによって解消した[42]
    21. ^ 吸電インバーターが設置されるまでは列車本数の少ない早朝・深夜では80型の回生ブレーキが失効して空気ブレーキだけで蹴上の勾配を下っていたが、設置後は安定して回生ブレーキが使用できた。京阪線1500V昇圧後は吸電インバーターで回収した余剰電力を静止型インバーターで交流に変換し、変圧器を通して三条駅の照明電源に京津線廃止時まで利用された。
    22. ^ 同様の例として、大阪市営地下鉄御堂筋線(当時)が都市計画道路御堂筋」の建設に併せて地下に敷設する(軌道法上の)軌道とされた例がある。
    23. ^ 寝屋川市駅と香里園駅の間の「田井踏切」から枚方市駅までの連続高架化計画が、国の2007年度予算で5000万円の調査費が計上されている。実現すると淀屋橋駅から御殿山駅の大阪側の踏切までの間(約22km)が立体交差化される
    24. ^ 駅間で直線で繋がっているのは滝井駅 - 野江駅間と龍谷大前深草駅 - 藤森駅間の2か所のみ
    25. ^ 現在の京橋グランシャトービルの位置
    26. ^ この事故の翌年、代物弁済として大津線の80形89号が京都市に引き渡され、事故現場の平面交差に脱線転轍器が設置された
    27. ^ これを契機に京阪本線を地下化する鴨川拡幅計画が策定される。出典・鉄道ピクトリアル1984年1月増刊号「特集 京阪電気鉄道」78 - 81頁『京都市内の地下化工事の経緯と今後の予定』
    28. ^ 着工は1971年12月18日。総工費7億6千万円、うち道路側が6億7千万円を負担。出典『鉄道ピクトリアル1973年7月増刊号』103-107頁の「京阪電鉄の主要工事」
    29. ^ 地下区間始点は東福寺駅 - 七条駅間・京都市東山区一橋野本町付近
    30. ^ 運転台付き車両201両のうち84両で使用可能、2012年度中に全編成に設置が完了予定
    31. ^ 車内での乗り換えの放送はなく、公式の乗り換え駅ではないが、京都河原町駅・祇園四条駅ともに連絡通路に相手側の時刻表が掲示され、便宜を図っている。
    32. ^ 京阪電気鉄道のキロポストは基本的には上り線の進行方向左側に設置されているが、例外として石山坂本線鋼索線(石清水八幡宮参道ケーブル)では下り線の進行方向左側に設置されている。
    33. ^ 清水五条駅・七条駅ほかに設置された。

    出典

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    参考文献


    関連項目











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